絶対絶命!?襲い来るラビナスボア!





「⋯⋯っきゃあ!?」


(完全に油断していた! 間に合わない⋯⋯!!)


 咄嗟に後退り、射撃姿勢を取ろうとするも、それよりもラビナスボアがアリスへと突進するのが速いことは明白だった。尚も重たい体重で雪を踏みしめ、ドスンドスンと足音を立てて徐々に迫るラビナスボア。



「っくそ⋯⋯!」


 リアムは何やら早口で呟いたと思えば、アリスに向かってその手をかざした。

 すると、不思議なことにアリスの目の前には魔法陣が展開され、身体がぽうっと熱を持つ。



 ————ドンッ!!



 その瞬間、興奮状態のラビナスボアがアリスの身体目掛けて一直線に突っ込む。

 その衝撃を真正面から受けたアリスの身体は宙高く放り出され、そのまま放物線を描き地上へと落下していく。


 両腕にチェシャ丸を抱えたままのアリスは数十メートルほど飛ばされ、ドサリと背中から雪の上へと着地する。



(あれ!? 思ったよりも、痛くない⋯⋯?)


 死を覚悟したアリスだったが、出血もなければ思ったほどの衝撃もなく、あるのは落下時の背中の痛みのみであった。



 ————ブモーーーー!!!!



 すると突然、アリスがラビナスボアに吹き飛ばされる前にいた辺りから、耳をつんざくほどの獣の断末魔が聞こえてくる。

 すぐに驚いて起き上がりそちらを見ると、リアムが背中からラビナスボアの身体を、炎を纏った槍で串刺しにしているところだった。




 アリスがぼうっとその様子を眺めていると、般若の如き様相のリアムがドスドスとこちらに向かってくる。その足音は地面を踏み抜きそうなほどである。


「おい、貴様! なんだ、さきほどの無様な姿はっ! 少しの油断が命取りになるんだ、一度戦場に出たからには一時たりとも気を抜くな! ⋯⋯油断した者、己の力を過信した者から真っ先に命を落としていく! 甘い考えでオレたちについてくるからこうなるんだ!!」


 座り込むアリスの前に立つリアムは、ものすごい形相でアリスの胸ぐらを掴んだ。



「ごめん、なさい⋯⋯⋯⋯」


 今のアリスには、何も言い返す言葉が思いつかない。ただ、歯を食いしばり、悔しさに耐えながら謝ることしか出来なかった。


(これは、完全に私の落ち度だ。これまで難なくラビナスボアを倒せたからって、私なら大丈夫って心のどこかで油断してた。モンスター相手に絶対なんてあるわけないのに⋯⋯)


 ラビナスボアに衝突された時のことを思い出したアリスは、ブルブルと身体を震わせる。


「おい、泣きべそかくのは後にしろ。リュカ様を探しに行くぞ」

「っ! 泣いてなんか⋯⋯!」


 アリスの顔をジロリと見下ろしたリアムは、グイッと首根っこを掴んで歩き始めた。ジタバタともがき嫌がるアリスに構うことなくその身体をズルズルと引きずる。



「はっ、離してください!」

「そのような情けない顔、リュカ様には見せるなよ。いいな!!」


 アリスの身体を十数メートル引きずったところでリアムはそう釘を刺し、掴んでいた手をパッと離した。


「きゃっ!?」


 突然のことにアリスはそのまま雪の積もる地面へと倒れる。


(もう⋯⋯なんなのよ⋯⋯!!)



 すぐに起き上がり、髪や服についた雪を落とす。ふと、顔を上げると2人が来た道にはアリスのお尻の跡が見事な一本道となって続いていた。





✳︎✳︎✳︎





「お前たち、探したぞ! 不慣れなアリスはともかく、リアムが迷うなんて珍しいこともあるものだな」


 突然、どこからか枯れ枝を掻き分けて現れたリュカは、アリスとリアムの顔を見るなり駆け寄ってきた。



「⋯⋯⋯⋯リュカ様、迷子は貴方です」


 呆れ顔でリュカの言葉を正すリアムは、いつの間にか、先ほどまでの恐ろしい剣幕からいつもの調子に戻っていた。



 リアムの説教を軽く聞き流したリュカは、こちらを向いたかと思えば、透き通った碧の瞳でアリスをジッと見つめて優しく問いかける。


「アリス、ご苦労だった。怪我はないか?」

「う、うん。でも⋯⋯私————」


 アリスが口籠もりながらも、先ほどの自らの失態について報告しようとすると、それを遮るかのようにリアムが口を開く。


「リュカ様こそお怪我はございませんか!? またお一人で行動されて、少しは我々の心労も考えてください!」

「俺は見ての通り問題ない。どうやら、アリスとリアムの活躍で、この近辺を縄張りにしているラビナスボアは全て討伐できたようだな」


 村へ帰ろう、というリュカに続いてアリスとリアムはオレンジ色の夕日が照らす帰り道を歩いていく。

 その手には、討ち取ったラビナスボアを括り付けたロープが握られていた。












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