リュカ・フランソワ




 薄々勘づいていたが、とある一つの仮説にたどり着いたアリスはくらりと目眩を覚える。

 しかし、現在の自分の状況を正確に把握するためにも、今にも崩れ落ちそうになる足腰を必死に踏ん張って、青い顔をしながらも口を開いた。


「と、とんでもないです。私は乙狩アリス。⋯⋯あ、あのっ出来れば、フランソワさんに一つお聞きしたいことが⋯⋯⋯⋯」

「なんだ? 言ってみろ。お前は俺の恩人だからな。出来うる限りの望みは叶えてやろう」


 快く了承してくれたリュカにホッと胸を撫で下ろしたアリスは、意を決してその言葉を口にした。



「こ、ここは⋯⋯どこですか⋯⋯⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 アリスの突拍子もない質問を耳にしたリュカは、ポカンと呆気に取られた表情になる。辺りが静寂に包まれる中、彼を正気に戻すため、アリスは遠慮がちに声をかけた。


「ええっと⋯⋯⋯⋯フランソワさん?」


 アリスの声にハッと正気を取り戻したリュカは、戸惑いながらも口を開く。


「あ、ああ。すまない。⋯⋯初めてそんなことを聞かれたから、少し驚いてしまったんだ。ここは、グラン王国のラルジュ地方。ちなみに、先ほどお前が倒したのはラビナスボアという大型の肉食獣だな」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


(やっぱりそうだ⋯⋯。信じられないけど私、異世界に来ちゃったんだわ⋯⋯!)


 念のため、夢ではないかと力いっぱいに頬をつねるが、目が覚めることはなかった。


 憶測が確信に変わった瞬間であった。




✳︎✳︎✳︎





「————と、いうことなんです⋯⋯」

「なるほど⋯⋯。お前がいたのはこことは全く違う世界、ということか」


 アリスは他に頼れる人間がいなかったため、変人と思われる覚悟でリュカにこれまでの経緯を話すことにした。

 そのクールな見た目から冷たい印象を受ける彼だったが、意外にも真剣にアリスの話に耳を傾けてくれる。


「それはさぞかし不安だっただろう。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」

「フランソワさん、ありがとうございます⋯⋯!」


 異世界にひとり飛ばされ、心細かったアリスはリュカの親切な態度に感動しうるうるとその瞳を潤ませる。



 リュカは、何も知らないアリスにこの世界のことを教えてくれた。

 彼が言うに、この世界では科学よりも魔法が発展しており、国民の生活には欠かせないものになっているそうだ。首都から離れるにつれて治安は悪くなり、モンスターの数も増えて強くなる。

 そして、アリスが飛ばされた先は王政を敷くグラン王国であり、ラルジュ地方という首都からは遠く離れた土地であった。


(モンスターに、魔法⋯⋯信じられないわ⋯⋯。これってまるで、本で読むようなファンタジーの世界じゃない)



「俺はラルジュの民の願いを受け、最近畑を荒らしているという、ラビナスボアの討伐に来たんだ。だが、途中で連れと逸れてしまってな⋯⋯。ひとり苦戦を強いられている時に、お前と出会ったというわけだ」

「ラビナス、ボア⋯⋯⋯⋯」


 アリスは初めて耳にする名前を口にして、恐ろしい獣との戦いを思い出す。

 ぼうっと呆けるアリスを見たリュカは、丁寧な所作でそっと手を差し出した。


「改めて、先ほどの戦いは実に見事だった。行くところが無いなら、しばらく俺のところに来ると良い。それと、堅苦しい敬語は不要だ。見たところ、それほど年齢は変わらないだろうしな」

「あ、ありがとうござ⋯⋯ううん。ありがとう、フランソワさん!」


 差し出された手を握り、笑顔を見せるアリスに「リュカで良い」と言って彼はフッと軽く笑って見せた。


(イケメンは笑ってもイケメンだわ⋯⋯!!)


 その時、しばらくの滞在場所が決まりホッとして身体から力が抜けたアリスのお腹から、グゥゥと大きな音が鳴る。

 それはしんと静かな森に響き渡り、木の枝にとまっていた鳥が驚いてバサバサと一斉に飛び立った。


(ちょっと、鳥さんたちっ!? 私のお腹の音は、獣の唸り声じゃないんですけど⋯⋯!?!?)


 咄嗟にお腹を押さえるが、キュルキュルと腹の虫が鳴き止むことは泣く、アリスの顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。


「⋯⋯ねえ、リュカ。な、何か食べない⋯⋯⋯⋯?」


 アリスは羞恥に耐え、そうリュカに提案したのだった。












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