もしかしてこれって、異世界転移ってやつでは!?
「あ、危ない——!!」
絶体絶命のピンチに陥る男性を前にしたアリスは、居ても立ってもいられず咄嗟に叫んだ。
アリスの声に、王子様のような風貌の男性が驚いた顔で振り返り、吸い込まれそうな碧の瞳とパチリと目が合う。
「伏せて⋯⋯!!」
その男性は一瞬目を見開いた後、アリスの気迫に負けたのか、身体を低くし素直に頭を伏せた。
その間にも近づいてくるイノシシのような獣。
立ち上がったアリスは急いで安全装置を外し、残り1発の実包を弾倉から薬室に装填する。
短く息を吐いてスコープを覗き込んだアリスは獲物へと狙いを定める。
狙うはただひとつ、急所である心臓だ。
(もし⋯⋯外せば、あの人はタダでは済まない⋯⋯⋯⋯)
今、あの獣を倒せるのはアリスしかいなかった。プレッシャーに押し潰されそうになりながらも、震える手を引鉄にかける。
(怖気付くな、アリス! ここで私がやらなきゃ誰がやるのよ!! この距離なら絶体に当たる! 大丈夫、やれるわ⋯⋯⋯⋯!!)
アリスは呼吸も、瞬きすらも忘れて神経を研ぎ澄ませ狙いを定める。そして、グッと普段よりも重みの感じる引鉄を引いた。
パァンッと乾いた音が響き、イノシシのような獣が「ブモーーーー!!」と一際大きな雄叫びを上げた。
アリスの放った銃弾は確かに命中したはずだ。しかし、いくらかスピードは衰えたものの、手負いの獣は未だに男性に向かって走っている。
「うそっ!? 仕留め損なった⋯⋯!?」
そう言いながら、慌てたアリスがブルブルと震える手で腰につけているシェルポーチから弾を取り出した時、ドサリという何かが倒れる音が聞こえた。
恐る恐る顔を上げると、伏せる男性の数歩前でひっくり返っている獣の姿があった。
「よっ⋯⋯⋯⋯よかったあぁ⋯⋯!」
その光景を見たアリスは、緊張の糸が切れ、チェシャ丸とともにその場にヘナヘナと座り込んだ。
「⋯⋯⋯⋯大丈夫か?」
気が抜けて涙ぐむアリスがその声に顔を上げると、いつの間にか立ち上がっていた男性がアリスに向かって手を差し伸べていた。
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
慣れない行為に頬を赤らめたアリスは、おずおずとその手を取って立ち上がる。ジッと己の姿を捉える長い睫毛に縁取られた碧の瞳に、居た堪れなくなったアリスはサッと顔を逸らした。
その男性は黒い手袋をしていたが、すらりと細長い指と大きな手のひらからは、布越しでもひんやりと冷たさを感じた。
(近くで見るとさらにイケメンだわ⋯⋯! でも、見る限り人もカメラも無いような⋯⋯。一体、どういうこと?)
アリスは不思議に思い、キョロキョロと辺りを見回した。
「⋯⋯どうしたんだ、何か探し物でもあるのか?」
「えっと⋯⋯これって何かの撮影ですよね? 緊急事態とはいえ、お邪魔したことを責任者の方に謝罪したいのですが⋯⋯⋯⋯」
「撮影⋯⋯? なんのことを言っているんだ。ここには見ての通り、お前と俺しかいないぞ」
アリスの言葉に訝しげに首を傾げる男性は、とてもじゃないが冗談を言っているようには見えなかった。
(う、嘘でしょ⋯⋯!?)
呆然とした表情になり黙り込んだアリスを見た男性は、思い出したというように口を開く。
「ああ、そうだ。自己紹介を忘れていたな。俺の名はリュカ・フランソワ。先ほどの手助け、誠に感謝する」
リュカと名乗った男は、胸に手を当て上品な仕草でお辞儀をする。
大真面目な顔で、聞き慣れない響きの名を口にする彼を見たアリスは思わず心の中で叫んだ。
(ここは日本じゃないの!? 外国人のような出立ちのイケメンに、見たことない生き物⋯⋯⋯⋯も、もしかして、これって————!)
————異世界転移というやつでは!?
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