戦闘開始!!



 真っ黒な巨体に剥き出しの鋭い牙。一見、イノシシにも思えるが、明らかにそれはイノシシよりも大きく何かが違っていた。


 アリスが驚いている間にも、それは猛スピードで距離を詰めてくる。


(このままじゃ、突っ込まれる⋯⋯!)


 その獣との距離は目測であと、100メートルほど。この距離なら、外すことはまず無いだろう。


 アリスは照準先に人影がないことを確認し、スコープごしにそれを捉える。あとは、狙いを定めて引鉄を引くだけだ。


(今だ⋯⋯!!)


 パァンッという乾いた音とともに、アリスの肩に僅かに衝撃が走った。反動にグッと耐えて、獲物を見やる。



「ブモーーーー!!」


 どうやら獲物に銃弾は命中したようだった。しかし、その獣は一瞬ぐらりと傾いたがグッと持ち直し、出血した腹部を庇いながらもなお、興奮状態でアリス目掛けて突進してくる。


(まずい、仕留め損ねた⋯⋯⋯⋯! 何なのよ、あの生き物はっ!!)


 アリスは心の中で悪態をついたあと、すぐさまボルトハンドルを起こして手前に引き、空になった薬きょうを排出する。次に間髪入れずに、ボルトハンドルを前に倒して下げ、弾倉から薬室へと実包の装填を行った。

 そして、スコープを覗き込み再び射撃姿勢を取る。


(次は、確実に仕留める⋯⋯っ!!)


 アリスは躊躇いなく引鉄を引いた。再び鋭い音が辺り一面に響いた後、何歩かよろよろと歩いたその獣はドサリと雪の上へと倒れる。

 アリスの放った銃弾は、確実に獲物の心臓を貫いていた。傷口からはドバドバと赤い血が滴り、真白な雪を汚している。


 銃を下ろしたアリスは、未だピクピクと痙攣を続けている獲物に近づいた。獣の体温と滲み出る血液で、周囲の雪がジワジワと溶けている。


 アリスはすぐに鞄からナイフを取り出して止めさしを行い、血抜きをする。


「うぅっ⋯⋯何度やっても慣れないわ⋯⋯。グロ過ぎる⋯⋯⋯⋯」


(でも⋯⋯やっぱり、近くで見ても私の知ってるイノシシとは違う⋯⋯。イノシシにしてはこれは大き過ぎるし、牙だって————)



 アリスが考え込んでいると、遠くから聞き覚えのある獣の雄叫びと、微かに人の声と金属音が聞こえてきた。

 初めて見る動物に夢中になって忘れていたが、迷子だったことを思い出したアリスの表情はパッと明るくなる。


「人がいる!? ⋯⋯って喜んでる場合じゃないわ! まずは、助けなきゃっ」


 そう言って、血のついたナイフを拭ったアリスは急いで立ち上がり、愛銃と鞄を持って音のする方へと走り出した。





✳︎✳︎✳︎




「⋯⋯音が聞こえたのはこの辺りかしら?」


 アリスは聞こえてくる獣の鳴き声を頼りに歩を進める。

 雪化粧をした枯れ枝を掻き分けて近づくにつれ、大きくなる獣の唸り声と足音、それに何かにぶつかるような金属音。


(いたわ! ⋯⋯って、何あれ!?)


 驚いて目を見開くアリスが見たものは、先ほど対峙したものよりもずっと巨大なイノシシ型の獣と戦う男性の姿だった。

 しかし、その男性の風貌は非常に珍しく、まるでお伽噺に出てくる王子様のようで、思わずアリスの頬が赤く染まる。


 光の加減によって青くも見える艶やかな黒髪に、切長で涼しげな碧の瞳。細かい金の装飾が施された濃紺のジャケットに、ひらひらとしたジャボのついた白シャツ、黒のスラックスとブーツ。


 アリスの知りうる限りの芸能人が束になってかかっても敵わないくらいに整った顔立ちの男性が、何故か剣を片手に戦っていた。


(もしかして、撮影!? あの人のもってる剣が青く光っているし⋯⋯ファンタジー映画とか⋯⋯? でも、あんなイケメンは見たことない! 無名の俳優さんかしら?)


 アリスが少し離れたところから固唾を飲んで見守っている中、劣勢の男性は遂に片膝をついてしまった。それを好機に、イノシシのような獣は彼目掛けて猛スピードで突進していく。


「あ、危ない——!!」


 アリスは居ても立っても居られず咄嗟に叫んで、持っていた銃を構えたのだった。








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