ヌ・レクシィ - ジア 共和国連邦大統領府庁舎にて
私はその男のことをよく覚えている。彼はその男に会うためにわざわざ遠路遥々この国まで来たのだから当然だが、しかしその男は一目見た時からずっと同じ場所で立ち止まっており動く気配がなかったため少し不安にもなったものだ。
「...なあ、そろそろ移動しないのか?」
「もう少しで着くから我慢してよ...」
そう言った彼の表情はどこか不満そうだったが、それ以上にこれから起こるであろう出来事への期待に満ちていた。それはそうだろう。なんせ今からこの男は彼の人生における目的を果たすことができるのだから。彼にとって今この状況は決して悪いものではないのだ。
「......もう少しだけこのままがいいの、わかるでしょう? この車に乗り心地もそんなに良い訳じゃないし」
「............」
確かにその通りだった。彼が乗り込んでいる車はお世辞にもいいとは言えないものだった。車内には埃や錆びついた鉄の匂いが漂っている上に、座席はシートベルトを外せば簡単に動かせそうな程に劣化しており、窓ガラスに至ってはほとんど割れてしまっているのでとても外の風景を眺めるような余裕はないと言っていい。さらに後部荷台部分はほぼ完全に潰れており、そこには人が乗るスペースなんてものは存在しないのだ。
そんな状況でどうして彼はこの車に乗っているのか。それは今から少し前の時間まで遡る。彼はいつも通り朝の日課であるトレーニングをこなした後にシャワーを浴びると、そのまま着替えることなくリビングへ向かおうとする...はずだったのだが、その時ちょうどテレビの前に立っていた女性──リタの姿が視界に入った途端急に足を止めてしまい、それから数分の間その場に立ち尽くしてしまったのだった。もちろん彼女に声をかけたりすることも出来ずただただ呆然とその姿を見ていただけなのであったが、ようやく正気に戻った後は大慌てで自室に戻るとクローゼットの中から適当な服を引っ張り出して身につけると、今度は慌ただしく家を出て近くの空港へ向かい、そしてそこから数時間という時間をかけてここまでやって来ていたのである。
「あと5分もしないうちに到着するわ...ってあれ?もしかして寝てない...?」
「大丈夫!全然平気だから!」
「いやでも凄く眠そうだけどね、それ。目がもう半分閉じちゃってるよ......」
「まあとにかく大丈夫だって。それよりもほら、楽しみなんだからさっ早く行こうよっ」
「はいはいわかったわよ...全く誰に似たのかしら、あなた」
(こんなとこまで似なくてもいいのに......)
未完の小説(短編集) パソコン @meganepapadoragondesu
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