第38話 男の正体
「タァヘレフ!なんなんだ、この男は!?答えろ!!」
切羽詰ったシアーズは、正体不明の男にベッドで犯され続けている女にまで助けを求めた。
しかし、彼女の返答はなく、ただ喘ぐ声が聞こえるだけだった。
「・・・あんまり良くて、彼女の耳には入らないようだぜ?オッサンより俺の方がずっといいってさ。」
シアーズの、元々白い顔から血の気が引いていた。わずかな光でもあれば、この白さが浮き立つように見えるように違いない。
見えるわけではないが二人の激しい行為を耳と肌で感じている国連軍参謀委員は、年甲斐もなく熱くなるのを感じる。そして、身動ぎした瞬間こめかみに触れる金属の感触に、再び背筋が寒くなった。
行為の真っ最中でさえも油断のならないその男が、ベッドを降りてこちらへやってくる気配を感じる。息遣いは荒い。当然だろう。
「ミスター・シアーズ。二度とタァヘレフとその身内に関わらないで頂こう。一度でもそれを破れば、あんたが北アフリカで行った人身売買の取引や実際に少女を買ったこと、果ては予算の横領までも本国で晒す。あんた一人のみならず、英国軍の恥となることは目に見えているな。それを陛下が許すと思うか。」
世界に名だたる英国王立軍。警察官ならばイギリス人にやらせろ、という冗談あるほどに格式高い英国軍とその警察組織の名誉を地に落す彼の所業は到底許されない。だからこそシアーズはタァヘレフを手放すわけにはいかなかったのだ。彼の秘密を握るこの女を放免するわけにはいかなかった。
ましてや、娘がいるなどと知れば、尚更に。『これは貴方の娘です。DNA鑑定してください。』などと、出る所に出られては大変なことである。鑑定結果を偽造するなど造作もないのだが、そうして明るみに出される事自体がもう駄目なのだ。
「・・・そう約束すれば、私のことを告発しないと言うのか。」
「あんた次第だ。」
「・・・きさまは一体何者なんだ。」
「今は・・・ただの彼女の愛人だ。好きな女が困っているから助けたい。それだけのこと。・・・あんたには死んでも理解出来ないことだろうがね。」
「ただの愛人に、こんな真似をするのか。」
「だからあんたには死んでもわからねぇっつったろ。」
ぴしゃりと言い放つと、刀麻はそのまま手刀を国連軍参謀委員の急所へ叩きつけ、気絶させる。
その場に倒れたシアーズを仰向けに寝かせて、服装を確認した。軍服ではない、普通のスーツだ。発信機類、小型端末など、所持品を細かく確認する。暗いままの部屋の中で。
タァヘレフとの関わりを証明するようなものは持っていない。この場所を端末が記憶しているが、それを抹消して、彼の懐へ戻す。財布と思われる皮の小物入れからカードというカードを取り出して、折り曲げ、二つに割った。割ったものをそのまま再び財布へ戻す。当分現金は使えまい。IDカードまでも潰してやったから、基地へ帰ってからも一苦労だろう。
肩から彼が吊っている銃も、中身の弾丸を全て抜き出した。元々飾りのようなものだろうが、中身がなければ脅しにしか使えない。
そこまで行ってから、大きく溜め息をついて、刀麻は立ち上がる。
「・・・こんなに早く会えるとは、予想外だったが、どうにかなったな。」
革パンツの探知機をもう一度確認する。そしてシアーズに投げたメスを数を確認してからシャツへしまった。
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