第37話 恫喝
「トーマ、・・・本当に、駄目・・・」
「いい声だタァへレフ。その調子だ。」
明りを消した部屋でも、この声を聞けばベッドの中で行われている秘事がなんであるのかなんて一発でわかってしまう。
暗くてはっきりしない視界に、一瞬だけ、刀麻の眼鏡が小さく光ったのが見えた。ああ、今夜は眼鏡をはずさないんだな、なんて考えて。そう言えば、服も脱いでいない。彼は服を着たままだ。
どのくらいそうやってベッドの中で動いていただろうか。
ふと、何かが動いた気配がした気がした。思わず身を起こそうとしたが、離してもらえない。
その次の瞬間に、銀色の光が部屋の暗闇を走った。
堅い音が響く。
「・・・っく!」
誰かの、低い呻き声が、ベッドの中にまで届いた。
刀麻と自分以外の誰かが、室内にいる。今の呻き声の主だ。
それに気付いた途端、言葉にならないほどの羞恥が顔面を赤くする。それから恐怖にも戦慄した。
情事の真っ最中に、他人の侵入を許してしまった。なんという恥ずかしいことだろう。そして、その第三者に、とうとう青年医師の存在を知られてしまったのだ。
どうやって誤魔化したらいいのだろうと考えるが、何も妙案は浮かばない。
その瞬間に、耳元で、それはそれは小さな刀麻の声が囁いた。
『俺に任せろ。・・・そのまま、いやらしく喘いでな。うんと、エロくな。』
耳を疑ったが、彼には何か策が有るのだろうか。
というか、こんな現場を押さえられているというのに、この落ち着きはなんなのだろう。まるで、彼は第三者が室内に入ってきていたことに気付いていたかのような。
軽く、彼女の口元を優しく押さえると、青年は強い口調で言い放つ。
「動かないほうがいいぜ。このメスは俺が特別に磨ぎすませたものだからな。どの角度からでも触れれば斬れる。」
さっきまでの甘い囁きとは天と地ほども違う、刀麻の厳しい声。
「き、さまは・・・誰だ。」
しゃがれたような低い声音はかすかに震えているようだ。
暗い部屋の中のどこかから聞こえてきた聞き覚えのある声は、今日タァヘレフを訪ねてくる予定だった男のそれだ。
こんな暗い部屋なのに、刀麻は侵入者に気が付いて所持していたメスを投げつけたのだ。
「銃を抜いてもかまわないがね、果たして命中するのかな?ろくに訓練もしていないのに、この暗い中どうやって当てるつもりだ?」
男は次の行動を見透かされたことにびくりと震える。
灯りをつけずに部屋へ侵入したのは間違いだったことに、ようやく気が付いた。
「賭けてもいい、俺の刃物の方があんたが銃を抜くより速い。」
足音が響いた瞬間、硬い音がした。何かが、壁に刺さった音だ。今度はタァヘレフにもそれがはっきりとわかった。
「・・・そこから動くなっつってんだろ。耳が悪いのかよ、オッサン。」
部屋を出ようとして動いた途端、メスが目の前を通過したのだろう。
「わ、わたしを殺せばきさまもただでは済まんぞ・・・!」
「オッサンの老い先短い命なんざいらねぇよ。」
「な、何が目的だ・・・!女を離せ。これではまともに話など出来ん。」
「耳と口が塞がってなければ話は出来るよ。」
彼女の荒い息遣いが部屋に響く中、青年医師は嘲笑するようにそう言った。
「この女を解放しな。二度とこの女の前に現れるな。・・・この女の身内にも関わるな。・・・懲りずに何かしやがったら、本国の陛下から勅命が下ると思えよ。」
「な・・・!?なんだと!?」
「あんたが国連のお偉いさんなのはわかってるし、英国王立軍の出身だって事もわかってる。・・・栄えあるロイヤル・ネイビー出身の、あんたの後ろ暗い不始末を本国でばらされたくはないだろう。なあ?エセルバート・シアーズ殿?」
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