第35話 寝室で情事
彼女の寝室は思いのほか広くて大きな天蓋付きのベッドが置いてあった。エキゾチックな内装は、刀麻にはちょっと珍しく思えて目移りしてしまう。
そして、あの媚薬のような香り。
彼女は何度も壁の時計を見る。そして、まるで何かの指図をするかのように、この寝室へ刀麻を連れてきたのだ。
「再会してすぐに寝室へご案内いただけるとは、男冥利に尽きるね。」
軽口を叩く青年医師は、かけている眼鏡を何度か直す。
「そうではありません。まもなく、『彼』がここへ来る時間なのです。だから、その間、ここで静かに隠れていてください。『彼』は、話が済めばすぐに帰りますから。」
「『彼』?」
「・・・シアーズです。」
広いベッドに腰を下ろして、彼はトレンチコートを脱いだ。両手でシャツやパンツの中身を点検する。
「本当に、愛人ってわけじゃないんだな。・・・寝室に俺を隠そうなんて。」
タァヘレフがまた笑った。リビングとの出入りが出来るドアのそばに立って、時間を確認している。
「そうですよ。言ったでしょう、彼はわたしのような年増には用が無いのですよ。・・・わたくしがいいと言うまで、ここで静かにしていてください。見張りがついているので、玄関からお出しするわけには参りませんから・・・脱出する方法を何か考えるので、少しの間の辛抱です。」
ここへ辿り着いた時間にはもう夕方だった。話し込んだ時間を考えればもう外は真っ暗になっているだろう。彼女の部屋は窓を完全に閉ざしているので、外の様子がわからない。
「なるほどね。」
・・・参ったな。まったく動きが取れないのか。
凡そは刀麻の想像通りだったようだが、全ての事実を確認したわけではなかった。これからそのシアーズ本人が彼女を訪ねてくるというのならば、直接彼女を解放するように頼まなくてはならないが、果たしてまともな交渉が出来るような相手なのかどうか。
いや、多分無理だろう。刀麻の方がまともに話など出来ない。そんな変態などクソ食らえだった。
「部屋の明かりが洩れますから、暗くしてしまいますけれど、どうか、僅かな間ですから我慢なさってください。」
ふっと寝室が暗くなった。彼女が、部屋から出て行こうとする気配を感じ取って、素早く刀麻は動いた。
「きゃっ・・・」
悲鳴のようなわずかな呻き声をそこに残して、タァヘレフは自分が一瞬宙に浮いたような気がした。
実際はそうではなく、刀麻が彼女を肩に担ぐようにして運び上げ、天蓋付きのベッドへ引っ張り込んだのだ。ギシッとベッドが悲鳴を上げる。
「な、何をされるのです、これからシアーズがここに来ると・・・!」
暗くて相手の表情が見えない。
隣りのリビングから僅かに洩れる光が、青年医師の眼鏡を反射して、その一瞬だけ彼の表情が見えた。その顔は、緊張しているように思えた。
「なあ、シアーズはこの部屋の鍵を持ってるのか?」
「シアーズではなく、見張りの兵士が持ってます。」
「なんだって?それじゃ、あの兵士いつでもあんたを手篭めに出来るじゃねぇかよ。危ねぇなぁ。」
「自分の身が可愛ければそんなことしませんよ。見張りは、わたくしをシアーズの愛人だと思ってますからね。雇い主の愛人に手を出すなんて、そんな馬鹿なことするわけ無いでしょう。」
「実際こんな風に女を囲っている軍人は結構いるらしいな。」
「おっしゃる通りです。わたくしも囲われ女のうちの一人です。」
彼女をベッドの中に引きずり込んだまま、僅かの間、刀麻は考え込んでいるようだった。
それから徐ろにタァへレフの上に覆いかぶさってくる。
「あんた、香を焚いているのか?この甘い香り、男を狂わせるな・・・。」
やけに艶っぽい声で囁くではないか。
「これはただの香水です。部族の女が嗜みとして吹き付ける花の・・・。」
「やっぱり、我慢できそうにねぇや。」
そう呟いた刀麻が、彼女のアバヤの中へ手を突っ込んでくる。いつ知ったのか、彼はこの民族衣装をどう脱がせるかまでわかっているようだった。
初めてこの青年医師を肌を合わせた日の事が脳裏に甦る。
あの時は、タァヘレフ自身が自分から脱いだのに。
刀麻はとても優しかった。相手の反応をうかがって、嫌がっていないか、苦痛を感じていないか、快感を得られているかどうかを確かめながら、何度も何度も肌を愛撫してくれた。世の中にこんな優しい男がいるのかと、驚いたものだ。
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