第33話 砂漠の民
簡素な椅子とテーブルに、白いクロスがかけられている。ラベルの無いボトルと冷えたグラスを置いたタァヘレフが白い布をかぶせボトルを傾けた。
芳醇なワインの香りがして、刀麻は目を見開く。黒いガラスのボトルから注がれたのは赤ワインだ。
「お嫌いでなければよろしいのですけど・・・。」
「あんたの趣味か?」
尋ねると少し眉根を寄せて首を横に振る。
「ここにあんたを訪ねてくる男の趣味か?」
睨むように彼女を見据えた彼が、注がれたグラスに手を伸ばした。視線は彼女から離さない。
「どう、お話したら・・・。プリンセスと子供達を救っていただいたトーマには、何もかもをお話したいのですけれど。」
椅子に腰を下ろした彼の傍らで立ったままの彼女は、静かにボトルをテーブルに戻した。
「あんたは、飲まないのか?」
また別の質問をした刀麻が、テーブルにグラスが一つしかないことを指摘する。
「飲んだことが無いので・・・。ただ、買ってきて飲ませるだけです。どんな味がするのかも知りませんわ。・・・わたくし達にとってはお酒のような嗜好品はあまりにも贅沢でとても口に出来るものではありませんでしたから。」
「そんな高級品を俺には飲ませていいのか。」
「お客様にお出しするために買っているのですから・・・。」
一口だけ飲んで、彼はグラスをテーブルに置いた。
味にはうるさい刀麻だが、タァヘレフが注いだワインは彼の口に合う。言葉通りの高級品だと思った。銘柄を教えて欲しいくらいだ。
彼はコートのポケットに手を突っ込んで、小型の端末を取り出し、画面にある男の画像を映して彼女に見せる。
「その客はこの男か?」
この男と酒の趣味が同じなのかと思うとぞっとするけれど。
「・・・ご存知なのですか!?」
「エセルバート・シアーズ。プリンセスの父親だな?目元が似てる。」
「どこまで、わかってらっしゃるの・・・。貴方はお医者さまなのではなかったのですか?」
痛いところを突かれた。先進医療チームを辞めたから、現在の刀麻は医師としては無職だった。
「とりあえず、さっきの男はあんたの見張り役だろ。違うか?国連軍の兵じゃないところを見ると、外人部隊かゲリラの成れの果てかなんかを臨時に雇っているのか。」
「・・・おっしゃる通り、彼はアルジェ軍を退役した元軍人です。シアーズに雇われてわたくしの見張りをしているのです。」
「あんたは俺とマックスを助けるためにこの
「いずれにせよ、滅びる一族だったのだと思います・・・。首長はただ、外国の支援をあてにして紛争を繰り返していただけです。もう、そうするしかなかったのでしょう。砂漠とはいえ地下資源の眠るタマランセット県を欲しがっていた外国の企業が首長をそそのかして紛争を続けさせていました。部族紛争が終結すればあの土地はアルジェリアの政府のものになってしまいますからね。昔のように強く誇り高い砂漠の民はもう、どこにもいないのですから・・・。」
遠い目をしてそう呟く彼女は、滅び行く己の一族を悲しんでいるのだろうか。
「あんたの戻る国はなくなってしまうんじゃないのか。」
「もう、わたくしの帰る場所はとっくになかったのですから、これでよかったのです。プリンセスと、子供達が無事に救出されたのだから・・・。たとえ祖国であっても、子供達があんな状況で生きていかなくてはならないなんてむごいことですわ。たとえ小さな希望でも国を捨てることで手に入れることが出来るのならその方がずっといいのです。だって、あの子達には未来があるんですもの。砂漠の民ではない生き方だって、受け入れなくては。」
「・・・子供達は難民規定により施設へ預けられた。所定の教育を受ける権利と、人並みの生活をする権利を与えられている。」
「ありがとうございます。・・・貴方とマクシミリアン先生が骨を折って下さったのですね。難民規定で保護されるにはそれなりの証明が必要になると聞いています。あなた方が証明書を発行してくださったのでしょう?・・・そこまでしていただけるとは思いませんでした。」
刀麻は何度も礼を言うタァヘレフの手をそっと握って、自分の方を向かせる。
「それであんたはどうなるんだ?相手を変えて情婦に逆戻りなのか?シアーズの現地妻にでもなれと言われてるのか。」
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