第31話 再会

 アルジェの街の中心から南東へ2キロほどの郊外に、古い城壁や砦址に囲まれた住宅街があった。

 ドバイにいる頃に頼んでおいた調査機関から受け取った資料を参考にしながら、ここが3件目であることを確認する。

アラビア系の女性が一人で暮らしていると思われる場所を片っ端から調べてもらい、その中で軍関係者の出入りのある場所をリストアップしてもらった。駐屯している軍関係者の中には、現地妻ならぬ現地の愛人を囲っている人間がいるのだ。

 調査機関に彼女の名前は伝えてあるが、偽名を使っていることも考えられるのであてにならない。

 アルジェ市内の二件は空振りだった。アラビア系女性の一人暮らしで、軍関係者の出入りがあるところまでは条件が合致しているが、見張りがいなかった。

 刀麻の予想では、彼女は軟禁状態にあると思っている。逃げられたら困る事情があるし、本人は逃げようとする可能性がある場合だ。

 古びた賃貸住宅と思われるその建物を見上げる。二階の角部屋の部屋を目指して、建物に入る。大きなエントランスを過ぎて、周囲を警戒しつつ、二階への階段を登った。廊下には人の気配が無い。

 トレンチコートの下に着たフランネルのシャツには護身用に数本のメスを、皮のパンツには監視装置や振動感知機などがあれば刀麻にもわかるように小型探知機を入れてある。セキュリティシステム等が配置されていれば当然反応するはずだが、この古びた建物にそんなものはないようだ。

 角部屋へ向かうと、目指す部屋から一人の女性が現れた。黒いアバヤに身を包んだ女性で、出入り口のドアの鍵を閉めている。確かにアラビア系の若い女性だが、タァヘレフではなかった。彼女よりははるかに若いようだ。ちらっと見えただけだが、彼女に劣らぬ美女である。

 ・・・三件目も、違った。

 嘆息して踵を返した。違うとわかればもう用はなかった。次の場所へ行かなくてはならない。時間はそれほど残されていないのだ。

 そこを出ようと階段を下りようとしたとき、誰かが玄関のドアを音も無く開け、足を忍ばせてエントランスに入ったのがわかった。玄関を通った風が、二階にいても人の出入りを教えてくれる。螺旋階段から階下を覗き見ると、頭に布をかぶった灰色のアバヤ姿の女性がもう一人きょろきょろしながらエントランスをうろついていた。彼女に続くように、一人の男がエントランスへ入ってくる。男は戦闘服を着て頭にターバンを巻いていた。

その姿を見て、思わず後ずさった。慌てて二階の廊下へ駆け戻り、身を隠す場所を探す。

 格好から見て男は国連軍の兵士ではない。アルジェリア軍か、もしくは外国人部隊などの非正規の軍人かもしれない。

 さっきの女性の部屋の方まで下がって様子をうかがう。残念ながら身を隠すような場所などはどこにも無かった。刀麻個人は、特に敵と見なされる覚えは無いが、こんな場所に東洋人がいれば見咎められることだけは想像がつく。下手な職務質問をされるのは御免だった。どうしようかと考える間もないうちに、部屋から出てきた女性と入れ違うように、灰色のアバヤの女性が階段を登ってきた。

 視線が合った。

 愛嬌のある、彫りの深い顔立ち。大きな黒い瞳が、刀麻の姿を見て大きく見開いた。

 声を上げる暇も無い。その女性が素早く刀麻の方へ体当たりでもするように駆け寄り、先ほどの女性の向側の部屋のドアを手早く開けて彼を引っ張り込んだ。

 勢い余って部屋の床に倒れこんだ二人は、そこでようやく顔を見合わせる。

「・・・どうして、どうしてここに貴方が・・・!?」

 美しいクィーンズイングリッシュの発音が、少し乱暴に聞こえるほど彼女は驚愕しているのだろう。

「タァヘレフ・・・!よかった、やっぱり生きていたんだな!」

 彼女に押し倒されるような格好のまま、刀麻はやっと声を発した。彼女に捕まれた腕を振り払って、彼女の頭を両手で抱きしめる。そのまま胸に抱き込み、床へ寝転んだ。

「トーマ・・・!」

「探したぜ。」

 囁くように呟いて、布を巻きつけたままの頭に頬ずりをした。

 懐かしい香り。あのどこか媚薬を思わせる甘い香り。脳が痺れるような感覚だった。ぐっとその顔を自分の方へ引き寄せて、待ちきれないように口付けを交わす。床に寝転んだまま。

 刀麻の気が済むまでタァヘレフは彼のキスに翻弄された。彼女の力が抜けて完全に自分を支えられなくなるまで、刀麻は唇を離さなかった。

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