第30話 手段を選ばず

「医療チーム辞めたって、本当なの?刀麻。」

 端末の向こうで青い目を見開いた旧友が呆れたように言う。

 通話相手はロンドンだ。時差が少しばかりあるためか、夕食の最中だったらしい。片手に持っていたフォークをテーブルに置いた。

「ん~、まぁ、そう。」

 ドレッドヘアーを掻きながら渋々そう答えた彼は、アルジェ市内のホテルに滞在していた。

 プリンセスの手術が無事に終わり、経過も良好だったので医療チームに任せてドバイを出たのは三日ほど前だ。

 別れを惜しんで泣き喚くプリンセスの、手術して繋げたばかりの手の指で、帰ってくる約束を30回くらいさせられた。まだリハビリが足らずうまく動かせないその指を、何度も刀麻のそれに絡ませようとして、そんな回数になってしまった。指きりなんて教えなければ良かったと、随分後悔したものだ。

「どうしてさ?数年は辞められないって言ってたじゃない。なんで?・・・今回の調査依頼に関係があるわけ?」

 端末に正面を向いた旧友がふっと微笑んだ。見惚れるような優しい笑顔である。 

「ああ、まぁな。それで、調査できたか?」

 刀麻が質問にきちんと答えていないのに、それを気にする風もない友人の方は、調査結果をそのまま報告した。

「エセルバート・シアーズ国連軍参謀委員。・・・あのね、あんまりいい噂がない。侯爵様に頼んで調べてもらったんだけど、今年54歳になる。でも独身。元子爵だった貴族の出身だよ。今は取り潰されてもう無いけどね。まあ、それでも超のつくエリートだし、出世街道まっしぐらなんだけど、・・・その、言いにくいんだけどさ。」

「言いにくい?なんだよ?」

 端末の向こうの青年は声を潜めてマイクに口を近づけた。

「その・・・、若い頃、三回ほど問題を起こしている。・・・どれも性犯罪らしいんだ。勿論もみ消しているんだけど、関係者の間では結構有名らしくて。」

「どう、有名なんだよ?」

「その・・・いわゆる、アレだね。少女趣味って奴?15歳以下の少女ばかりを好む傾向があって、三回とも、レイプ未遂だったらしい。」

「っ!!」

 刀麻は総毛だった。ざわっと全身があわ立つのを感じてしまう。写真で見る、このいい年のオッサンが、少女趣味などと言われれば寒気しかしない。

「マジかよ・・・。そうか、それでこのオッサン・・・。」

 タァヘレフの言った言葉を思い出した。

 部族の女の子達は15歳を待たずに売られてしまう。タァヘレフがこの将校と関係を持ったのも15歳だったと言う。

 ・・・この、変態ジジイが。 

 調書の写真を破り捨てたくなる衝動をかろうじて堪えて、刀麻は大きく溜め息をついた。

「その変態な国連軍委員にどうにか会おうと思ってアポを取るんだったら侯爵様に頼んでみるけど?」

「ん、そうだな。それは最終手段ということで・・・。お前、侯爵家とも上手くやってるんだな。」

 友人は侯爵家という強大な後ろ盾を持ちながらも、その関係性は良好なものではなかったはずだ。それなのにこんなにもすんなりと調査を行ってくれたとは。

「どうにかね。・・・彼女のおかげだよ、侯爵が僕を許してくれたのは。」

 友人の言う彼女とは、彼の妻のことだ。

 そんなことないよ、と小さく聞こえたので、刀麻は笑い声を漏らしてしまった。すぐ傍にいるのなら、カメラの前に出て顔を見せてくれてもいいのに、相変わらずの恥しがり屋なようだ。

 相変わらず底抜けに明るい旧友の妻の声は、いつ聞いても笑いを誘う。日本に居たあの頃も、いつも彼女の存在が場を明るくしてくれていた。

 亡くした婚約者の事を思い出す。旧友の妻に少しだけ似ていた、彼女の事を。

 胸の奥からひび割れていくようなあの痛みが、刀麻の中で疼くけれど、今はそれに構っている暇などない。

 急がなければ、タァへレフを救えない。大好きな女を再び失うことになるなんて真っ平だ。出来ることはなんでもする。使える手段は片っ端から使って。

 刀麻はタァへレフを探すと決めたのだから。


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