第28話 傍にいたいの

 少し安堵した表情になって、刀麻は少女の頭を優しく撫でる。その行為にもすっかり慣れた彼女は照れくさそうに笑った。

「結婚なんかしなくても、傍にいられるさ。・・・そうだな、例えば、養女にする、とかな。」

「養女?」

「意味はマックスにでも聞いとけ。・・・そうか、プリンセスは、タァヘレフの代わりに俺の傍にいたいって思ってくれるのか。」

「だって、トーマ、病院辞めちゃう、聞いた。」

 情報の速い少女に少し驚いた顔を見せる。

「うん、プリンセスの腕が付いたらな。」

「腕がついたら、いっぱいトーマのお世話するつもりだった。いなくなったら、出来ない。」

「プリンセス・・・。」

「いなくなっちゃ、やだ。どこにも、いかないで、トーマ。お世話、してやれない。わたし、トーマに色々してもらったのに、お世話もしてやれない。そんなの、いや。」

 大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼしてその場で泣き出してしまった。

 まずい。院内とは言っても人目はある。これでは刀麻が小さな少女を泣かしているみたいだ。

 廊下の床にしゃがんで、少女を優しく抱き上げた。抱っこ、という年齢ではないが、出来なくはない。よしよしと肩を撫でて、泣かないように宥めてやる。

 病院の小児用の入院着の裾で涙を拭うプリンセスは、自分の膝を使う。手が無ければないように、彼女は自分の事は何でも出来るのだ。

 ・・・可愛いな。絶対に、寂しいとか心細いとか辛いとか、口にしないんだよな、この子は。

 少女の母親がそうであったように、弱音を口にしない。

 そこが、健気で可愛いのだ。

 辛く苦しい状況にも運命にも音を上げることはなく、自分の出来ることをただやろうとする。

 小さなプリンセスが考えられる恩返しは、刀麻の『お世話をする』という行為くらいしか思いつけないのだろう。だから、それをせいいっぱいやろうと、そう言っているのだ。実質はまだまだ彼女の方が世話をしてもらう立場なのだが。

「そうだな。プリンセスの腕がついて、俺の世話が出来るようになった頃にはまた戻ってくるよ。」

「本当?」

「ああ。」

「じゃあ、教えて。トーマの好きなもの。」

「好きなもの?」

「食べ物とか、趣味とか。」

「・・・そんなん聞いてどうすんだよ?」

「覚える。」

「・・・よーし。俺は酒はワイン派だ。白より赤が好きだ。料理はスパイスの効いた物が好みで、スープの類は余り好きじゃない。国籍は問わないけどな。趣味は・・・仕事が趣味と同じだ。医師であることが俺の全てだからな。」

「それから?」

「そんな所だよ。・・・色んなところで仕事してるから、あんまり細かいこだわり持ってたらやってられねぇ。大してないんだ。覚えられるだろ?」

「あとで、ワイド先生に書き出してもらう。」

「ああ、そりゃいいや。」

 話を上手くそらして少女が泣き止んだことを確認すると、床の上に下ろしてやる。

 ワイド医師は、小児専門の精神科だ。入院小児の心理ケアを担当している。プリンセスのように入院が長引く子供を世話するのが仕事でもあった。

「プリンセス!ここにいたの!」

 廊下を歩いていた看護師が少女に声をかける。小児病棟の看護師だった。刀麻も顔見知りだ。

「ドクター、これから休憩ですか?」

「ああ、今日はこれで非番。プリンセスを病棟に連れ帰ってくれ。よろしく頼むな。じゃあ、またなプリンセス。」

 看護師に手を引かれて廊下を歩いていく少女に手を振ると、今度こそ刀麻は私室へを足を向けた。



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