第27話 プロポーズ

 先進医療チームに戻ると、刀麻は最初にプリンセスを培養技術の被検体として推薦した。

 すでに実験段階では成功しており、臨床試験を待つばかりなのだ。その候補として彼女は培養技術で作成された腕を移植されることが決まっている。

 彼女自身の細胞から培養された腕は、その殆どが彼女自身の遺伝子からなり、移植後の拒否反応が出にくいことが検証の焦点だ。検体の本来の腕に申し分の無い腕を作り出すことは既に成功している。

 プリンセスの両腕の移植が済んだら、刀麻は医療チームを離れることになっていた。

 移植手術は勿論、刀麻が執刀する。だが、その後の事は医療チームに任せるつもりだった。拒否反応が無くうまく繋がれば、そこからは理学療法士によるリハビリとなる。そうなれば外科医の刀麻にはもう出来ることは無い。

 孤児達は難民規定により施設へ移された。そこで教育を受けて成長するまで面倒を見てもらえる。教育さえあれば、後は本人次第で未来が開けるのだ。

 その日の業務を終えた刀麻は、疲れた目を少し擦ってから眼鏡をかけた。 

 病院内にもうけられた自室に戻ろうと廊下を歩いていると、背後から駆け寄ってきた少女が声をかける。

「トーマ、ドクター・トーマ!」

「おう、プリンセスか。どうだ、病院生活には慣れたか?すっかり英語が上手くなったな。」

 両手が無いのだからバランスが取りにくいはずなのに、彼女は平気で走るしスキップもする。子供の力の凄さに舌を巻く。

「慣れた。皆優しい、いい人。だから、わたし幸せ。」

「そうか、それならよかった。」

「・・・お母様いたら、もっと幸せ、だけど。」

 そう言われると、刀麻も眉根を寄せた。

 オアシスで別れたまま、一度も彼女は母親と会っていない。母親は消息不明のままだ。

「負けるな、プリンセス。諦めちゃ駄目だぜ。・・・もうすぐお前には両手が付く。お前の未来をつかむための手が。・・・それは、お前の母親が命がけで与えてくれたものだ。」

「トーマがつけてくれる。」

「ああ。綺麗にしてやるからな。ちょっと見ただけではわからないくらいに縫合してやる。お前もタァヘレフのように美人になるから、傷なんか残さないようにな。」

「美人?」

「そうだ、美人だ。いい男を捕まえるための大事な条件だぞ。」

「トーマも、美人が好き?」

「美人が嫌いな男ってのに会ったことはないな。」

「じゃあ、美人、なる。なって、トーマと結婚する。」

 刀麻の眼鏡がずり落ちる。

 15歳未満どころか、12歳未満の少女に求婚されて彼は軽く狼狽した。何度でも言うが、刀麻にはロリコンの趣味は無い。

 プリンセスは本気らしい。青い目をキラキラさせてじっと外科医を見つめている。

「トーマ、結婚して。」

 どこまでも本気の目をしてそう言う彼女に弱りきってしまった。

 忘れてしまうだろうと軽薄に頷くにはプリンセスは大きくなりすぎているし、かといって断れば傷つく年頃でもある。

「・・・なんで、俺と結婚したいんだよ?」

ドレッドヘアーをがりがりと掻いた彼が尋ねる。

「トーマ、お母様、大好きだったから。お母様の代わりに傍にいる。ずっと傍にいるのは、結婚する、当たり前でしょ?」

 ・・・ああ、そういうことか。

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