第26話 さよなら、砦

 砂漠を疾駆する特殊車両の中で座席に座った。

 オアシスが遠くなる。煙が上がり、小さな砦だったと思われるあの場所が焼かれていくのが見える。眼鏡越しに何度も目を凝らして見つめるけれど、捜し物は見つかりそうにない。

 進行方向に20台もの特殊車両が走り、その中に子供達が収容されていた。プリンセスもその中にいる。国連軍は子供達を保護することを約束してくれたのだ。

 何度も何度も眼鏡を直して、食い入るように自分達が滞在した場所を見つめても、わかるのは軍の車両がオアシスを制圧していく様子だけだった。

 部族の首長は主だった者を連れて早々に逃げ出してしまったという。特殊部隊の数人が、「車両も一台もないし、ラクダや馬が一頭もいない」と報告しているのを聞いた。

 英語を話す女の声の密告があった。

 オアシスの中に、若い女の姿は無かったとそうだ。

 タァへレフの他にも妙齢の女性は何人かあそこにいたはずだったのだが、その女性たちも消えていたということだろうか。

 刀麻は数度、特殊部隊の隊員や国連軍の兵に尋ねたが、答えは同じだった。

 逃げたのか連れ出されたのか、あるいは売られてしまったのか、知るすべはない。刀麻とマックスに出来ることは余りにも限られていた。

 どうやってタァヘレフが国連軍に密告したのかはわからない。思いつく方法はいくつかあるが、一番有り得そうな方法は部族が独自に持っている通信手段を無断で彼女が使用した事だ。他には、直接軍の駐屯地まで行くという方法もあるが、女の足では一晩やそこらでは辿り着けないだろう。

 密告した事が発覚したら部族内で彼女は罰せられる。残酷な方法で殺されるかもしれない。それを思えば、タァヘレフが逃げ出していてくれれば、と思う。

 早朝から逃げ出した首長の一派の中にいないで欲しいと願うけれど、その一方で、もし単身逃げ出していれば、彼女のような女が一人でどうやってこの砂漠で生きていくのだろう。

 部族に戻れても死。

 一人で逃げていても死。

 彼女の行く手には希望が見えない。

 遠くなるオアシスを見つめながら、刀麻は唇を噛んだ。

 ・・・また、俺は好きな女を知らない場所で死なせてしまうのか・・・!

 何も出来ない無力感に苛まれながら、拳を握った。

 この手で数え切れない患者を救ってきたというのに、好きな女は守ることが出来なかった。傍らで、手を尽くすことさえも出来ずに。

 一度抱いただけの、異国の女性だった。

 英語を話してくれるから、というそれだけで親しかった。彼女が自分に身を任せたのは、娘を診てもらいたかったからだという事もわかっている。医師である自分に気に入られようとしていたこともよくわかっている。刀麻が日本人医師だったから、プリンセスの両腕を再生する鍵を握ると思っていたからだ。

 そのために、首長に殴られた所もこの目で見た。

 ・・・貴方は一途な方なんですのね。

 切なくなるようなあの言葉に、思わず涙がこぼれたあの夜。

 ・・・優しい方ですわ、ドクター。

 何度も、刀麻の事を優しいと言っては目を細めて嬉しそうにしていた。

 今思えば彼女は男に優しくされたことなどなかったのかもしれない。だから刀麻が優しく思えたのかもしれない。

 惚れたか?と尋ねて、赤面していた様子が可愛かった。目上の女性とは思えない愛嬌があった。先に惚れたのは自分の方だったのに。

 自分の娘のために。

 孤児となった子供達のために。

 そして、拉致された医師の命を守るために危険を冒したタァヘレフは、どこへいってしまったのだろう。

 遠くなるオアシスを見つめながら、彼女がそこまで思い詰めていたことに気付けなかった自分を責め続けた。


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