第25話 救出
刀麻は匍匐前進みたいに低い姿勢になって廊下を移動し、患者の部屋へ入る。まずは、感染症だったあの二人の部屋へ入ると、予想していた通りもぬけの殻だった。やはり、治ったので再び首長の下へ戻されたのだろう。まだ完治したわけじゃないのに、治療を途中で止めることの恐ろしさが連中にはわからないらしい。
また這いずるように廊下に戻って怪我人がいた部屋へ移動すると、やはりそこにも誰もいなかった。怪しい呪い師のじいさんも煙をまくように消えていた。二人の医師が怪我人を治療している間もずっとそこでおかしな呪文を唱えていたのに。祭壇まで綺麗に片付けられていた。
・・・沈みかけた船からは、ネズミさえ逃げ出すってか。
廊下に戻って、ふと自分達が寝泊りする物資部屋の外側に置いてあった広いトレイが目に映った。昨夜の夕食がそっくりそのまま残っており、乾燥したり虫がたかったりして最早食べられる状態ではない。
・・・食べたかどうかを確認さえしに来ていない。
つまりはそれどころではない。浚ってきた医師の生死など最早気にしていられない非常事態。
奇襲攻撃されることは確かに非常事態だ。まして相手が国連軍ともなれば。
国連軍、つまりは平和維持活動軍だろう。紛争鎮圧のために乗り出す軍隊だが、その国の許可なくして介入は出来ない。アルジェリアはついに国連軍の介入を許可したのだ。きっとそのニュースは瞬く間に広まったことだろう。
物資部屋へ入ると、青い顔で万歳をして立ち尽くすマクシミリアンの姿がいきなり目に飛び込んできた。
背後には、マスクにヘルメット、そして戦闘服と思われる出で立ちに武器を装備した屈強な男達が8人ほど立って部屋を点検している。勿論、手にはマシンガンと思われる銃を持っていた。
「トーマ・・・。」
「マックス・・・。」
震える声で互いの名前を呼ぶ。刀麻も彼に倣って両手を上げた。
「UAEのドバイ先進医療チームから誘拐された医師二名と確認。・・・失礼しました。ドクター、マクシミリアン・サハ?」
合成音声としか思えないおかしな声で、戦闘服の一人が話しかけてくる。もう一人が、さっと近寄って万歳した左手の指紋を取っていた。
「では、こちらがドクター、トーマ・アンザイ?」
二人の医師はほぼ同時と言っていいくらいの頻度で何度も頷く。合成音声はクリアな英語で語りかける。・・・わかりやすいけれど、ちょっぴり気味が悪い。全く素顔が見えず全身を覆い隠しているので、どうにも怖かった。SF映画の敵キャラみたいだ。
「フランス国家憲兵隊・・・?」
恐る恐るマックスが尋ねると、合成音声の男が軽く頷いた。
フランスの特殊部隊だった。さすがに母国の軍の事はよくわかるらしい。少しだけ安心した表情になったマックスが、ゆっくりと手を下ろす。
「ドクター、こちらは手術用ですか?」
両手を上げていた刀麻の服装を点検していたもう一人の戦闘服が彼の白衣に忍ばせた数本のメスを取り出す。
「・・・兼、護身用。万が一の時のために。」
表情は見えないが、合成音声の戦闘服がかすかに笑ったように思えた。
「頼もしいことで、ドクター。これよりは我々が近くの駐屯地までお連れします。必ずお守りしますので、どうか指示に従ってください。」
音声の割に、親身な感じで話してくれる特殊部隊だ。
「あの、どうやってこの場所をつきとめたんですか?先進医療チームから依頼でもありましたか?」
「医療チームと言うより、アラブ諸国からの依頼です。場所をつき止めたのは、なんでも密告があったせいだとか。信頼出来る筋からの密告ではなかったので半信半疑でしたが、見事に当たりました。」
「密告?」
「ええ。なんでも英語を話す女の声だとかで・・・。」
二人の医師は顔を見合わせた。
思い当たる人物は、一人しかいない。この広い砂漠で、オアシスの位置を正確に伝えられる能力を持っている女なんて。
マックスは、合成音声の男につかみかかるように言った。
「あの!難民キャンプが、このオアシスにもあるんです。そこには12歳以下の孤児しかいない。東のはずれの、小さくて汚いテントがたくさんあるところで・・・!」
「東のはずれの?」
「俺らはそこにいる障害のある女の子や、病人を治すためにここにいたんです。だから、そこにいる子供達を保護してやってくれませんか。」
「わかりました。司令部へ伝達します。多分収容できるはずです。・・・この拠点にいた部族の首長の一派はどうも逃げ出してしまったようで・・・。」
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