第22話 夜抜け出す
その夜遅く、物資部屋で雑魚寝していた二人の医師の下へ忍んできたのは、小さな女の子だった。
『・・・起きて、ドクター達。お母様が呼んでるの。』
プリンセスだった。不自由な身体でバランスをとりながら彼らの枕元で囁く。元々寝てはいなかったので上体を起こしたマックスが話しかける。
『君のお母さんが?』
『ええ。急いで、連れて来いって。出来るだけ誰にもばれないように。』
マックスが傍らでいびきをかいている刀麻を揺り起こす。彼はすぐに覚醒し、眼鏡をかけると、プリンセスが傍にいることに気が付いた。
「何か、あったのか?」
『タァヘレフが、俺達を連れて来るように彼女に頼んだらしい。出来るだけ人知れず。』
少女の道案内で、酷く狭苦しい場所を通りながら案内されていく。屋敷の裏や、人目につかない狭い場所をなど、刀麻よりも大柄なマックスにはかなり辛い道のりだったが、どうにか目的地まで辿り着くと、少女は月明かりの元で指差した。
オアシスのはずれ。小さなテントが乱立するその場所は、少し歩けば砂漠に迷い込んでしまえるようなはずれだった。わずかな灯りが一つ二つテントから洩れ出ている。
『お母様。プリンセスです、戻りました。』
少女が入って行った場所は、廃墟のような建物に建てかけられてたテントの中だった。
二人の医師が腰を屈めて中に入るとビニールシートの上に無造作に敷かれた絨毯があった。随分とくたびれた、年代モノの絨毯の上には、7人の少年がそれぞれ汚れた毛布に包まって雑魚寝している。お互いの身体がぶつかりそうな距離しかない狭い空間でも、どうにかうまいことスペースをそれぞれ確保して横たわっているのが不思議だった。
その空間の隅の方で洗濯物を畳んでいたのがタァヘレフだ。娘が戻ったことに気が付いて、笑顔になる。
一瞬、刀麻が彼女の方を見てから、目をそらした。
彼女の姿に、少し胸が熱くなってしまう。
日本人とはかけ離れたその外見なのに、床に座って子供達のものと思われる粗末な衣類を畳んでいた様子がどこか懐かしく、いいな、と思えてしまった。
・・・ヤバイな、俺。
自分はこういうタイプが好きだったんだろうかと、何度か自問自答してしまう。
「ドクター、お呼びだてして申し訳有りません。どうしても、知っておいていただきたくて。」
英語で語りだした母親の姿に何を思ったのか、プリンセスはテントを出て行った。
「おい、プリンセスはいいのか、タァヘレフ。出て行かせなくても・・・。」
夜遅くに外へ出て行かせていいのかと心配になったのでそう告げると、
「私が英語で話し始めると娘は仕事だとわかってすぐに退出するようにしてるのです。もう、習慣になっているので大丈夫ですよ。彼女のテントは隣りですし。」
こともなげに答える。
躾けられた娘を信頼しているのか、彼女は少しも心配そうでは無い。
タァヘレフは畳み終わった洗濯物をその場において立ち上がり、テントの入り口で立ち尽くす二人の医師を促した。
「ごらんになっていただいたとおり、ここは孤児ばかりのテントです。皆、親を紛争で亡くして行く所も無く難民になります。・・・ここだけの話ですが、ここのテントにいる子供達は全てがうちの部族の子ばかりじゃありません。よそから逃げ出してきた子も隠れています。共通しているのは、皆紛争で肉親を亡くして天涯孤独になってしまったことです。」
おもいおもいの格好で寝ている子供達を見渡して、彼女の言葉が心に染み入る。
「男の子ばっかりなのは、・・・やっぱり女の子は売られてしまうからか?」
「そうです。そして、男の子達は成長すると食べていくために銃を持って、紛争に身を投じる。少年兵となって結局は・・・。」
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