第20話 患者の言葉

 紛争の犠牲となって、両手を失った可愛い娘。まだあんなに幼いのに、母のために神に祈るのだと言う彼女が切なくて。

 プリンセスのために出来ることは全てしてあげたいと思った。父親がどうであれ、彼女は大事な一人娘だった。タァヘレフに取ってはかけがえのない存在だ。

 刀麻のような優秀な医師と、全ての条件が揃う場所があれば、プリンセスがもう一度手を付けてもらえるかもしれない。可能性はゼロではないのだ。

 部族では、身分の低い女の子供は大概が売られてしまう。プリンセスも、あんな姿でなければ売られてしまっていたのかもしれない。

 それがいいのか悪いか、タァヘレフにはなんとも言えないのだ。あんな体になってしまったことはとても不幸だけれど、売られていくという不幸にはしないで済んだ。

 売られることが必ずしも悪いとは限らない。ごく少数だが、比較的よい条件で売られる娘の中には穏やかな生活を約束されることもある。その生活が、現在の生活よりもはるかに幸福であることだったあるのだ。

 それほどに、彼らの生活は貧しく、厳しいのだから。

 砂漠の民だった彼らの部族は土地を追われ、住む場所も生活の糧も失った。交易が主な収入源だった彼らは、文明の発展と共に流通が加速する時代に取り残されていく。残された地下資源も、よそから来た大企業に吸い取られていくばかりで自分達の生活を潤してはくれなかった。

 紛争を続けることを陰から支援する他国からの援助や人身売買、それにわずかな工芸品を売ることで収入を得ている彼らの部族は、もう立ち行かなくなっているのだろう。

 極論を言えば、いっそ、消えてしまえばいいのだ。タァへレフはそう思っている。

 過去の栄光や誇りを忘れられない部族の連中は、紛争に勝利すればどうにかなるとでも思っているようだが。

 彼らの戦いに勝利などない。仮に勝ったとて、未来は何も望めないのだから。

 当然なのだ。国の正規軍や国連軍などは空爆やら衛星からの攻撃やらを仕掛けてくるというのに、部族が出来る抵抗はもう何百年も変わらない戦法だけ。駱駝や馬に乗り剣と銃を携えて戦うだけなのだ。現在まで生き延びていられるのは、砂漠の厳しい気候に耐えられるから、というその一点のみが理由だろう。

 彼女は、刀麻が消えて行った別棟の建物をいつまでも見つめいてた。



 マクシミリアンと刀麻が拉致されて5日目が過ぎると、二人の患者は意識を取り戻し、会話が出来るほど回復を見せた。

 だが、感染を心配する二人の医師は首長と面会することをすぐには許可出来ないので、二人が何かしら会話を試みるのだが、二人は余り語ってはくれなかった。病状に関することには僅かながらも反応して返答をくれるが、怪我を負った時期、感染した時期や場所などについては二人とも口を噤んでしまうのだ。

 そして、そこに関するところだけ口を噤むというところが怪しいと教えてる。

 名前さえ告げようとしないので、二人は年配の方を『オッサン』、若い方を『セレブ』と勝手に呼びつけていた。英語だからある程度は理解しているだろうに、何も言わないのだからもう仕方が無い。

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