第18話 頭を撫でてやりたい
刀麻は少女の両腕の傷口を確かめる。切断した後の処理は非情によかったのだろう、とても綺麗な縫合痕だし、その後の生活に無理がかからないように縫い方にも工夫が見えた。数年経た今でもそれがわかる。
「この時に手当てをしてくれたのは、どんな医者だったんだ?」
「・・・NPOの方だったそうです。襲撃された時我々は難民キャンプに救いを求めました。そこにいたお医者様がかけつけて、娘に麻酔をかけて切断をして下さり、その後のリハビリの事までも教えてくださいました。下敷きになった両手はもう使い物にはならないので、諦めるしかないと仰ってたのですが、成長が止まったら義手をつけてやるといいだろうとすすめてくださって・・・」
「そうか。・・・プリンセス、もういいよ。服を着なさい。」
少女は器用に口を使って開いた布をたたみ、長いドレープをまとう。慣れているのだろう、とても上手だ。それをタァヘレフが手直ししてやる。
「あのな、タァヘレフ。日本の再生技術を使えば、確かにこの子に再生した手を付けてやることも可能かもしれない。だが、その技術は現在失せてしまった。」
「えっ・・・。」
大きな目を見開いて、彼女は顔を強張らせた。
縋るような気持ちで最後の希望を繋いでいたのだろう、彼女の大きな瞳から涙がこぼれる。
「駄目なのですか・・・?」
衣服と整えた少女をぎゅっと抱きしめた彼女に、刀麻は言葉を続けた。
「ただ、もう一つ、培養技術というものがあってな。これはまだ実験段階で、俺がいた先進医療チームの研究テーマの一つとなっている。これは元になる細胞を本人から貰って育てるから拒否反応する可能性が低い。だから再生よりも本人への負担が低いことで注目されている。しかし、まだ完成してはいないんだ。」
小柄な医師はゆっくりと立ち上がった。
「・・・それが、いつかこの子にもしていただける日がくるんでしょうか。」
「諦めるな、と言いたいところだが・・・今の俺らの状態では、どうにもしてやれることはないな。」
「ドクター・トーマ・・・。」
「最新の医療は、最新の技術が駆使できる場所でしか施してやれないんだよ。それが俺達の限界だ。俺達がどんなにがんばったって、薬も医療機器も技師も充分に揃わない場所でで出来ることは限られている。・・・あんたの首長さんは、医者さえいればどうにかなるって、ちょっと勘違いしているようだがね。」
少女が、母親の腕から降りてとことこと刀麻の前へ歩いてきた。
『あたしは手なんかなくても平気よ。服も着られるしごはんも食べれるしお風呂も入れるわ。一人で何でも出来るのよ。あたしは平気なの。・・・ただ、あたしの両手を見て悲しそうな顔をするお母様を見るのが辛いの。どうかお母様がこれ以上苦しまなくて済むように、神様にお願いしているの。』
慌てて通訳するタァヘレフの顔がまた涙に崩れる。
娘の健気な言葉を英語に訳しながら、彼女はまた泣いた。
何も言葉をかけてやれない刀麻は、ただ黙って少女に微笑みかけた。頭を撫でてやりたかったけれど、それはしていいことかどうかわからなかったから。
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