第17話 少女の傷

「さあ、お見せしなさい。大丈夫、ドクターとお母様だけよ?」

 少し離れた建物のあちこちには相変わらず衛兵がいるが、暗くて見えないだろう。

 少女は躊躇いがちに、頭から被っている長い布を口で引っ張った。すると、それがゆっくりと開き、刀麻の方へその小さな身体を晒す。

「・・・あ、これは、ひょっとして爆撃か地雷のせいか?」

 ライトがあるわけではない。月明かりのみでの診察では心もとないけれど、それでも眼鏡があるだけマシである。

 タァヘレフの娘は袖なしの刺繍が入った上着と、巻スカートのようなものを身につけたままだったが、それだけで彼女の体の異常を知るには充分だった。

 両腕の肘から下が無いのだ。

 だから歩き方がおかしかった。バランスのとり方が妙に変に見えたのだ。

 痛ましいものを見てしまったように、刀麻の眉が顰められる。

 ・・・こんな犠牲を払って、一体なんで戦争なんかしなくちゃいけないんだろうな。

「この子が2歳の時に、両腕が建物の下敷きになり切断を余儀なくされました。・・・あの時も酷い状況で、他の部族に急襲された時、子供が避難する暇も無かったのです。勿論首長は報復を行いましたが・・・報復よりも、わたくしはこの子を治して欲しかった。こんな身体になってしまったから、お金のために売られることは無くなりましたが、このままで一生生きていかなくてはならないなんて、わたくしは・・・。」

 この娘のために、タァヘレフは生きていかなくてはならないのだ。この子のために、彼女は刀麻を選んだのだろう。

 マックスの言っていた意味がようやく納得出来た。

 この女性が刀麻を選んだ理由は娘のためだったのだ。

「少し、触らせてもらってもいいか?」

 優しく問うと、母が通訳し、少女は低い声で、

『いいよ』

と答えた。

 しゃがんで少女の身体を触診する。身体といっても腕だけだが、一応他の場所にも問題が無いかどうか軽くあちこちに触れてみる。

「日本には、合成した臓器を移植する技術があると聞いたことがあります。同じように、無くした手足も、もしかしたら元通りに出来るのではないかって。」

 確かに日本には怪我や病気で失われた身体の部分を再生する理論が存在し、その技術を確立した。この臓器を合成する技術によって生き延びた人間の例を刀麻は知っている。

 タァヘレフは英語がわかるから、何かしらのメディアで日本の事を知ったのだろう。

 しかし現実問題では、アルジェリアのサハラ砂漠と日本とは余りにも遠い。手の届かない世界の話だったのだ。

 ところが、今回ドバイから誘拐されてきた医師の一人は偶然とはいえ日本人だった。彼女は、このチャンスに賭けて見ようと思ったのだ。

 娘の両腕を取り戻すために。



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