第16話 月明かりのもとで

「それはないだろ。下手すりゃ報復としていきなり衛星から砲撃されるかもな。そんなことになったら、俺らも巻き添えで塵になっちまう。」

「・・・俺らが誘拐されたってことが知れていれば、いきなりそんな乱暴なことはしないはずだろ?万一明るみに出たら、世界中の非難を浴びることになる。」

「そうであることを祈るしかないけどさ。でも、どちらにしろ報復はあるだろ。やっぱり俺ら巻き添え食うんじゃねぇ?おお、神よ。」

 マックスが大袈裟に十字を切る。

「犯行声明でも出していてくれればマシだろうけどさ、部族の人間を治して欲しいから、なんて理由じゃまず発表しないと思うぞ、俺は。」

 大きな溜め息をついて、刀麻はドレッドヘアーをかきむしった。少しばかり、ドレッドが緩んできてしまっている気がするのが少し気に入らない。元々猫っ毛で癖のつきにくい髪質なため、こまめに手入れをしないと髪型が保てないのだ。


以前は爆発ヘアーに凝っていた。気に入って、ずっと毛先が四方八方に広がる爆発ヘアーをしていたのだが、先進医療チームへうつってからはドレッドヘアーに変えた。

 でかくて男前で目立つ兄と比較されるのがいやで、いや、むしろ彼の影に隠れることがいやで、個性的な外見を好む刀麻。お堅い医師というイメージからは程遠い破天荒な髪型や服装をする。医療関係者は初対面で彼が医師だと把握すると大概不思議そうな顔をした。

 だが彼の腕前を知っている人間は外見になど頓着しないし、ユニークな彼の個性を評価する。国際的な医療学会で、小柄でユニークな髪型の東洋人外科医と言えばドクター・トーマだろうと連想するほどに有名なのだ。

 そんな大事なトレードマークが台無しになっていくのが残念な彼は、着替えがない事にもかなりの不満を感じている。それはマックスも同じなのだが。

「あの物資の中に、着替えくらい入ってないかな。」

「薬と医療器具ばっかりだったけどな。・・・偶然白衣や術着の一つや二つ紛れてるかも。探すか。」


 二人の感染症患者と、別室で呪術師に手当てされていた気の毒すぎる兵士達の治療が済むと、とっぷりと日が暮れていた。

 美しい砂漠の月が夜空に浮かび上がり、くたびれて自暴自棄になった気分の刀麻の口から気の抜けたような鼻歌が洩れていた。それを聞いて、なんだそりゃ、と笑いながら差し入れられた水差しから水を飲むマックス。

「ワクチンはここの連中全員に投与するほどの数はなかったな。どうするよ、マクシミリアン先生?」

「どーするもこーするも・・・まだ発症したのは二人きりなんだから、出来る限り隔離して感染を防ぎ、防ぎきれなかった人間にだけ投与するっきゃないでしょ。」

「あの、お姫さんはどうしたかな。俺達に診察してもらいたかったんだろう?俺達でなくちゃいけない理由はなんだろうか。」

「・・・俺はね、トーマでなくちゃいかんのだと思うよ?だって、あの美人さんはあんたに抱かれたがっただろう。」

「だったら理由が余計わからん。医療技術で俺とお前にどれほど差があるかわからんが、それが彼女に理解できるわけもないはず。」

 ふと、刀麻が人差し指を立てた。

 誰かの気配を感じたのだ。

 使い物になるように二人の医師がある程度まで整理した医療機器と薬品類は、ビニールシートの上に積んである。そのシートの隅で話していた二人は会話をやめた。

 ・・・マックスが日本語がわかりゃ、一番いいんだがな。さすがにアルジェリアで日本語のわかる奴はいないだろう。

 静かな足音と共に部屋の入り口に立ったのは、疲れたような顔をしたタァヘレフだった。

「タァヘレフ・・・。」

「ごきげんよう、ドクター。治療は済みまして?」

「ここには近寄ってはいけないと指示しておいたはずだぞ?」

「病気がうつるからですか?ええ、きいております。・・・うつるならそれでかまいませんのよ。そうなればドクターに見ていただけますでしょう?」

 どうやら彼女は刀麻に会いに来た様だ。視線が彼の方を向いている。

「トーマ、ちょっとの間相手してやれよ。一時間や二時間、俺一人でも大丈夫だから。」

 気を利かせてくれた同僚に軽く手を上げると、刀麻は立ち上がって彼女の方へ歩み寄る。

 彼女に手を引かれ、そのまま庭先に出た。昼間彼が発電機を組み立てた場所に、小さな影が立っている。

 月明かりにてらされた少女はとても神秘的だ。

「プリンセス?」

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