第15話 状況は、悪いまま
マックスが例の物質部屋から見つけ出した薬の中にこの感染症のワクチンがあったのは不幸中の幸いだ。
発症した後でも、ある程度の効果が期待できる代物なので、問題は患者の体力がどこまで持つかという事と、怪我を治す体力に戻せるか、ということだ。
二人のうち、一人はさっきのムカつく首長と同世代のオッサンでどうみても現場で兵士として戦っていたようには見えない。病と怪我で衰弱しているとはいえ、現役の戦士の身体ではなかった。
もう一人はやや若く、同じアラビア系ではあるが、随分と上品な男だ。無精ひげを生やしてはいても、元々は結構なセレブなんじゃないかと思わせる。
「このオッサンの方は顔を知っている気がする。イスラム教導戦線の代表者の一人だろ。」
「俺も知ってるぜ。若い方は、半年ほど前拉致された資源王の息子だ。ニュースで見たことがある。ずっと解放されないままだったから、生存は絶望とされていたんだがな・・・。写真やホロで見るより落ちるな。やっぱ衰弱しているせいか。健康になったら口説こうかな。」
マックスの最後の軽口を完全に無視し、刀麻は推測を続ける。
「半年前に怪我をしたって言うけど、嘘だろ。傷の方はまだ数日だ。なんでそんな嘘をついたんだろう。」
「感染症だと気付いたからじゃないか。・・・嫌な感じがするな。確かにこの細菌は、中東のような湿気の少ない場所では流行しやすいんだが、20年以上前に発見されて、対処法とワクチンを開発した後は、自然に発症した記録がないはずだ。」
「・・・開発したワクチンと病原体は、どこに保管されていたんだっけ?」
「そりゃ、各国の国立医大とか、国境無き医師団とか赤十字、・・・と、ここにあったわけだから、先進医療チームにもあったんだろうな。あとは国連だろ。」
思い当たる機関を並べてから、そんなことは刀麻も知っているはずなのになんで問いかけてきたのだろうと不審に思った。まるで確認するかのようなその疑問に、マックスは何かが引っかかる気がした。
「国連はまずありえないし、国立医大も、あるかどうかも確かめようがない。医大ったって扱ってたりなかったりするからな。間違いなくあると断言できるのは赤十字と医師団、そして、先進医療チーム・・・。つまり、NPOかうちのチーム、か。」
「どういう意味だよ、刀麻。」
「俺はさ、医者が必要なら、何もドバイくんだりまで足を伸ばさなくても、ボランティアや支援団体を頼るほうが速いだろって言ったんだ。そしたら、タァヘレフがNPOには頼れないって。」
「おい、まさか・・・。」
マックスが金色の目を大きく見開いて、顔色を変える。
「いや、推測に過ぎないけどな。可能性が無いとは言えないだろ?戦争してて膠着状態が長引けば、どうにかカタを付けたくてそう言うものに手を出すことだってある。」
「NPOを襲撃して病原体を奪い敵軍陣営で流行させようとしたってコトか。」
「あくまで推論だ。そういう可能性が無きにしも非ずってコトだな。」
全身をくまなく診察した後患者にワクチンを投与し、傷の手当をする。点滴の道具や注射器、血圧計などの医療器具は、二人で交代で物資部屋へ探しに行った。探し出すのは中々ホネだったが、衛生状態も守られていてすぐに使えたのがよかった。分析用の器具や、検査用のサンプルや薬品が圧倒的に足らないのは仕方が無い。
二人きりになったのを良いことに、刀麻とマックスは作業しながら様々なことを話し合った。英語で話せば、理解できる人間もほとんどいない上に、感染したくなければ近寄るなと釘を刺してあるので誰からが探りに来ることも考えにくい。
「襲撃から二日経った・・・全く外の情報がわからないけど、果たして、国連軍やUAEが病院を襲った連中を放って置くだろうか。」
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