第14話 残された希望

 タァヘレフは昨夜の情事を思い出していた。

 初対面の東洋人の医師は、小柄でおかしな外見をしていたけれど親切だった。

 あんなに優しくされたのは初めてだったのだ。タァヘレフの反応を確かめながら、苦痛がないか、快感を得られているのかを気にしながら、優しくしてくれた。こんな男が存在するなんて信じられなかった。

 ・・・一緒に愉しもう。これも、何かの縁だろうから。

 そんなこと言われたことなど一度もない。

 初体験の時から男は乱暴で、いつも自分本位で女の事など考えてくれなかった。やりたいように肌を荒らし、済んだら終わり。用なしだ。

 タァヘレフの気持ちも体の事も一切考えてくれなかった。

 彼女の母親も、相手がいないままタァヘレフを産んだ。父親の顔は愚か情報は何一つ知らないままだ。そのために彼女は売られることもなく、かと言って嫁ぐことも出来ず、当時の首長の15人目の後妻となって病で亡くなった。今となっては、自分の肌の色が他の部族の女達と少し違っているので混血なのだろうなと推測するのみ。

 母は家も与えられず妻とは言うが名ばかりで、要は都合のいい情婦に過ぎない。家も家族も与えてもらえないから、戦争に行くときも下働きとして付いていかねばならないし、部族内の身分も非情に低かった。

 プリンセスの父親に当たるナトー軍の将校は、彼女に英語を教えてくれた。今思えば、それもタァヘレフの身体目当てだったのだろうという事がわかる。あるいは少しでも彼女から部族の情報を得ようとしていただけなのかもしれない。母と同じ境遇となった自分を、今の首長が母と同様に情婦にした。

 それでも、娘がいる。彼女は自分がいなくなったらどうなってしまうのだろう。そう思うとどんなに嫌でも辛くても、耐えなければならない。

『いやで、す・・・』

 どんなに泣いても、許してなど貰えない。

 泣きながらそれに耐えた。首長がさっさと終えてくれるのをひたすらに我慢しながら待つだけだった。

 そんな自分が嫌いだった。何一つ出来ない、逆らうことも出来ない情けない自分が。この首長に微塵も好意など持っていないのに、身体を委ね奉仕しなくてはならない。それが嫌でたまらないのだ。

『あんなひ弱そうな医者などよりわしのほうがずっと具合がいいだろう。わかるか、タァヘレフ、お前はわしがいなければ生きていけないのだ。忘れるな。』

『・・・はい。』

 ようやくその開放された彼女は引き裂かれた自分のアバヤを身体に密着させて裸体を隠す。

 満足したのか、衣服を整えて首長が部屋を出て行った。

 それを確認したのだろう、小さな足音が聞こえて、少女が部屋の出入り口までやってきた。ドアは開かずに、慎ましい音でノックをする。

『お母様・・・?』

『・・・まだ部屋に入ってきては駄目よ。少しだけ・・・そうね、20分程お庭で待っていて。すぐに行くわ。』

 こんな酷い母親の姿を、幼い娘に見せるわけにはいかない。

 首長に穢された自分の姿を、貶められた姿を、娘にだけは見せたくなかった。

『わかったわ、お母様。』

 聞き分けのいい娘の言葉を聞いて、タァへレフは再び涙が溢れる。

 こんな母でごめんなさい。

 けれども、娘には自分と同じ轍を踏ませてなるものか。その思いだけがタァへレフをそこに踏ん張らせている。プリンセスにだけは、自分や母のような生き方はさせない。絶対に。そのためには何だってやってみせる。

 身を清めるために、彼女はよろよろと立ち上がった。


 


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