第12話 メガネメガネ

 首長の前なので跪くように指示され、渋々二人は従った。周囲の作業服の衛兵達もピリピリしている。

『患者を二人連れてきた。・・・半年前聖戦で傷を負った戦士なのだが、一向に良くならず悪化しているのだ。別の病気も併発してしまったようで、一人はひどく衰弱しておる。』

『お言葉ですが、我々は丸腰でここへ連れてこられました。いかに優秀な医師でも、道具も薬もない状況では治療は不可能です。』

『病院を襲撃した時に出来るだけのものは持ち出してきた。大きな機材も薬も根こそぎ奪ったつもりだ。別棟に用意してある。』

「・・・俺は、眼鏡がないと何も出来ないんだが。」

『用意させよう。我らの国を取り戻すための大切な戦士なのだ。治らなかったらお前達の命もないと思うが良い。』

 首長の言葉に苦虫を噛み潰したような表情になったマックスが、その表情を隠そうと顔を下げる。

 ・・・これだからな、素人は。勝手なことを言いやがって。

 患者の様子も知らないうちに治せるかどうかなど断言できるわけがない。医者はあくまで人間だ。呪文一つで人間を生き返らせることが出来るような魔法使いではない。

 自分達は科学の集大成である軍を作って武器だの爆弾だの戦車だのを駆使して戦争しているくせに、人を治すこととなると途端に手のひらを返し迷信深くなる。自分の都合で物事を見ている、独善的な思考だ。

 先程のタァへレフに対する態度を見てもそれが顕著に現れている。あんなものを見せられた周囲の反応を考えているとは思えない。単に彼女だけを罰したいのならば、人前で暴力を振るうのは愚かなことだ。指導者が人目も憚らずあんな態度を取れば、やがて人望はなくなるだろう。



 二人は別棟に案内されると、まるで野戦病院のような、粗末なベッドに寝かされた多くの怪我人達がたくさん呻いている場所に遭遇した。どうみても足りないと思われる人数の看護師が忙しく走り回っているが、ぱっと見ても治療が充分に出来る状態には見えない。

 案内してきた衛兵は、マックスの部屋の担当だった男だ。彼に口説かれた割には平気な顔をしている。意味がわからなかったのかもしれない。

「・・・なんとくそうじゃないかなって気はしてたんだよ。見ろよマックス。医者はあいつだぜ?治るもんもなおらねぇだろ。文明の発達はなはだしい現在、いまだにこんな場所が存在することが驚きだね。」

 刀麻が顎で示したのは、部屋の隅っこで何か宗教を思わせる祭壇らしきものの前で座っている老人だ。髪が真っ白で、身体を震わせながら何かブツブツ喋っている。上半身裸の背中にびっしりと刺青を施されており、それにもきっと何か意味があるのだろうな、と思った。周囲には薬なのかただの飾りなのかはたまた意味のある道具なのかもわからないような、いびつな動物の骨や貝殻、それらを鮮やかに飾ったものが散りばめられていた。

「いわゆる、呪術師って奴か・・・アフリカでは医者も兼任するんだっけな。」

「祈るだけで治るんなら、俺達は失業だな、ははは。」

 その奇怪な広間を過ぎると、ビニールシートが敷かれた大きな空間に所狭しとたくさんの物資が積まれている場所へ辿り着く。細かいものから大きなものまで、きちんと梱包されていた。ただ、扱った者には用途がわからなかったのだろう、殆どが天地無用で、無茶な積載がなされている。せっかくの機材のいくつかは使用不可能になっているに違いない。

 隅の方に、黒い医療バッグが追いやられているのが見えた。偶然とはいえ地獄に仏の思いで、刀麻はそれに飛びついた。

「俺の医療鞄だ。助かった・・・!予備の眼鏡が入ってるんだ。」

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