第11話 部族長

 二人は少女から少し離れ、木陰へ移動する。

「・・・なんか、わかったか、刀麻。」

「この辺りのオアシスは全部この部族が支配しているっぽいな。砂漠の民だろうと思うが、まぁまぁ豊かな方みたいだけど、紛争でたくさんの難民を出してる。あのガキどもは皆孤児だ。親を戦争に取られたらしい。直接の会話は出来ないから推測に域を出ないけど。・・・タァヘレフは、通訳させようとしても部族の名前や紛争相手なんかの情報は教えてくれないんだ。よっぽど首長が怖いんだか・・・。それとも別の理由があるのか。」

「うーん、俺の方も全然駄目だった。ドアの前に張り付いている衛兵みたいな奴をさんざ口説いたんだけどな。」

「マックス・・・お前、見境ないのかよ。」

「しょうがねぇだろ。あんなガキ相手にするくらいなら男の方がマシだ。イスラム圏ではやっぱゲイって少数派かな。」

「ドバイにはそこそこいたのか?」

「ああ。相手には困らなかったぜ。・・・参ったなー、今頃病院はどうなってんだろ。俺のダーリン心配してるかな。」

 小さく笑って、刀麻はマックスを眺める。

 ドバイの病院で出会った彼は交友関係が派手で有名だった。先進医療チームに入れたのだからかなり外科医としての腕がいいのはわかるが、チームに入ると外部の人間との接触が極端に限られるので院内の人間に声を掛け捲っていた。思わず目を顰めるほどの遊びっぷりで、刀麻は余り好きじゃなかったのだが、こうして関わってみると案外話せる奴だった。

『トーマーっ!自転車持って来た~っ』

 少年達が大声で彼を呼ぶ。

 やれやれ、という様子で刀麻がまた庭先へ出て行き、発電機の組み立てを再開する。

 それをぼんやりと目を細めてみていると、タァヘレフが戻って来て朝食の用意が出来たことを告げた。

「あんたの、娘さん?素敵な名前だね、プリンセス、なんて。」

「・・・はい。わたくしの娘です。プリンセスというのは姫という意味なのでしょう?わたくしの娘に生まれてしまった以上はとてもそんなご立派な身分になれることはありませんが、せめて名前だけでも誇り高くあって欲しいと思いまして。・・・ドクターに出来たら診て頂きたく・・・連れて参ったのですが、とてもそれどころではないようですね。」

「俺ではなく、刀麻に照準を合わせた理由は娘さんのせいか?」

 マックスは寝室へ誘った相手がアラビア語もフランス語もわかる自分ではなく、どちらもわからない刀麻の方を選んだことを言っているのだ。

 それには何も答えず、タァヘレフは小さく首を振り、もう一度朝食の事を告げる。

 そして、厳粛に、・・・緊張した面持ちでもう一言付け加える。

「首長が予定を早めて先ほどお付きになりました。朝食の後にドクター方と会いたいとおっしゃっています。」



 とても広い部屋の上座と思われる場所に腰を下ろした中年の男は、青い布で全身を覆っていた。その合間から覗く顔はよく焼けており、白いヒゲが見える。作業服の衛兵達の対応から言っても、この男が部族の首長であることは間違いないだろう。

 驚いたことに、二人のドクターを連れてきたタァヘレフの顔を見た途端、上座から降りて彼女を突然殴りつけた。

 悲鳴さえ上げずその場に跪く彼女を、マックスと刀麻が庇うように抱き起こす。

『何をするんだ!彼女が一体何をしたと!』

「いきなり殴りつけるなんて、ふざけるな。俺達を何だと思ってるんだ!」

 アラビア語と英語で同時に抗議した二人の医師をギロリと睨みつけたその男は、ゆっくりとまた上座の絨毯の上の椅子へ戻っていった。

『裏切り者に制裁を加えて何が悪い。そもそもよそ者であるお前達の口を出すことではない。お前達はただ言われたとおり、患者を治療をすればいいだけだ。』

 傲慢な程に横柄な口調で言い放った。部族の頂点にいる男は怖いものなどないのだろう。

『裏切り者だと!?彼女が何を裏切ったというんだよ!』

 マックスが言い返すと、それを彼女が縋るように制して止めた。

「良いのです・・・。首長の仰る通りでございます。悪いのはわたくしです。どうか、お怒りにならないで。ドクター。」

 低く低く平伏した彼女は、それ以上何も言わず広い部屋を静かに出て行った。

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