第10話 姫の名の少女


 ・・・どこか、悪いんだな。医者がいるって聞いて来てはみたものの見てもらえそうに無くて困ってる?

「ドクター・トーマ。お仲間もお目覚めになりましたし、朝食になさいませんか。」

「いらねぇ。こいつ仕上げるまでは食いたくない。水だけ持ってきて。」

「ドクター、しかし・・・。」

「それから医療器具を用意するって言ってたんだからとっとと出してくるように首長にかけあってくれ。」

 英語で会話するタァへレフと刀麻の間に、子供たちが入ってきた。

『ドクター、凄ーい。この道具どうやって使うの。』

「あん?ああ、スパナか、これはまだ使わんが、こう回すときにな。」

『ねぇ、こっちは?これは一体何??』

「それがダイナモだ。あ、こら、触るな、あぶねぇぞ。」

 英語とアラビア語で全く通じてないはずの言語をお互いに喋っているはずなのに、子供達と刀麻の会話はなんとなく噛み合っていた。それが不思議に可笑しくて、小さく笑ってしまう。

『ドクター、お名前は?僕ハサンっていうんだ。』

「俺は刀麻だ。トーマ。言えるか?ほれ、発音してみろ。」

『ドクター、これってなんの機械作ってんの。』

 わいのわいのと楽しそうに見える同僚の背中を見て笑った後、マックスはタァヘレフを近くまで呼び寄せる。

「・・・トーマは優しかっただろ。昨夜。」

 小さな声で耳打ちすると、タァヘレフは恥ずかしそうに頬を染めた。

「はい。とても素敵な方です・・・。」

「そうなんだ。いい奴なんだよ、あいつ。仕事熱心だし、真面目でね。・・・だからさ、トーマだけでも医療チームに返してやってくれないかな。」

「ふふ・・・」

 目を細めて、彼女が笑う。

「なんだよ?」

「トーマも、同じコトを仰ってたので・・・。貴方だけでも、お返ししろと。」

 マクシミリアンが、なんとも困ったような顔になる。

「そうか、参ったな。」

「・・・わたくしには、決める権限がございません。気持ちとしてはお二人をすぐにでもお返ししたいのですが。」

「本当に?・・・本当に返したいと思ってるか?タァヘレフ。情婦のあんたが一人の男にあんだけ可愛がられて、返したいって本当に思っているのか?」

 昨夜の情事を出歯亀よろしく覗いていたのだと堂々と言ってのける医師に、

「・・・悪趣味ですのね。」

 タァへレフはちくりと言い返した。

 だが、医師は悪びれない。それどころか、当然のことのように胸を張る。

「最中に殺られたり、寝首をかかれるコトだって有りうるからな。心配で様子をうかがってたからって責められる言われはない。」

「そのようなことはいたしません。大切なお客様としてもてなすようにと言われております。」

「本当にそうならいいんだがな。」

 もう一度少女の方をちらっと見てから、マックスは小さく溜め息をついた。




『名前は?お嬢ちゃん。』

朝食の用意をすると言って屋敷内へ戻って行ったタァヘレフを見送った後、マックスは少女の傍へ歩み寄って話しかける。

『・・・プリンセス。』

 へぇ、と小さく声に出して感心を示したマックスが少女と同じ目線の高さにしゃがみこんだ。

『変な名前だって皆言うんだけど、あたしは気に入ってるわ。』

 黒っぽい、柔らかな布に包まれた全身で、そこだけが見える瞳の部分に注目する。鮮やかな青い瞳だ。少女はおそらく混血なのだろう。

『・・・刀麻に、ドクターに何か言いたいことがあるのかな?』

『そうじゃないわ。お母様があたしをここに連れてきたの。だからここにいるのよ。・・・でも、なんだか面白そうなことをしているのね。』

 落ち着いた声だったが、どこか好奇心を滲ませて少女がそう言った。物怖じしない性格のようだ。外国人に突然話しかけられても逃げも驚きもせず、きちんと返答が出来る。

 少女とマックスが会話しているのに気が付いた刀麻が腰を上げて傍へやってきた。

「・・・ああ、タァヘレフはいっちゃったか。通訳してもらいたかったのにな。」

「名前をプリンセスというそうだ。母親にここへ連れて来られたんだって。」

「そうか。プリンセスか。・・・日本語で言うところの姫子ちゃん、みたいな感じかな。可愛いじゃねぇか。・・・どうも、俺が見た感じでは手か足が悪いように見えるんだがな。歩くところが、なんかバランスが悪いみたいで。あっちの悪ガキどもみたいに栄養失調気味っていう感じはないんだが。」

「多分、そうだと思う。・・・この衣装だとちょっとわかりにくいな。脱げとは言えないし。」

「なんだっけ、こういう服。アバヤ・・・ヒジャブ・・・わかんねーな、俺。こういうの詳しくない。男の前で手と目しか出しちゃいけないんだろう。」

「そうだな。だから、診察には面倒なんだが・・・。」

 頭を撫でてやりたい、と思っても、宗教上の理由などがあるだろうから、下手に触れるわけには行かない。

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