第6話 誰かに叫ぶ
濡れたように赤い唇が刀麻の口に触れる。ぞくりと鳥肌が立つような快感を覚えて、彼は思わず彼女の黒髪をぐっと握った。
「・・・待て、とにかく待て。俺は話がしたいと言ったはずだ。」
「あら、わたくしを望んでくださったのでしょう。コトが済んでからでなくてはお話など出来ませんわ。・・・ご心配なく、誠心誠意ご奉仕しますから。」
「そんな綺麗な声と発音でイヤラシイこと言うなよ。マジでおかしくなるだろ。俺はそんなに自制心の強いほうじゃないんだ。」
タァヘレフと名乗った女は刀麻の部屋へ通されると一瞬で服を脱ぎ捨てて、彼に襲い掛かるかのように近寄った。両手を彼の首に絡ませて、顔を近づける。長い黒髪がなんともセクシーで、年上なのがわかっていてもたまらなかった。
・・・子供がいるって言ってたな。10歳以上年上って、マジか。とても見えねぇ。ヤバイぞ俺。押し切られたら・・・。
彼女が脱いだ服の中からなんともいえない甘い香りが部屋に立ち込める。まるで、それが媚薬のように刀麻の脳を刺激した。身長も彼女の方が高いのかもしれない。一糸まとわぬふくよかな胸と柔らかな腰が押し付けられ沸騰しそうになる。
彼女は今度こそ、という風に口をしっかりと刀麻に押し付けた。もう我慢の限界だ。
今まで押し離そうとしていた手で、急に彼女の腰をぐっと引き寄せた。そうすれば嫌でも彼女には刀麻が熱くなっていることがわかるだろう。キスもされるままなど刀麻のプライドが許さない。
「・・・は、キスがお上手なんですね、ドクター。」
上気した顔でうっとりと呟くタァヘレフが嬉しそうに手を彼のドレッドヘアーの中へもぐりこませた。
「先に言っておくけどな、俺は一年以上も女とヤってないんだ。・・・でもエロいことには自信があるぜ。一人の女をどこまでも満足させたくて努力した過去があるんでね。」
年上であっても相手に舐められることが許せない刀麻は低い声でそう呟いた。
医者とは思えぬ破天荒な外見に、とんでもない発言をする彼の顔を見て、異国の女はどこか寂しそうに微笑んだ。
「なんて、羨ましい女性でしょう・・・。その方に一年も操をたてていらっしゃるなんて、貴方は一途な人なのですね、ドクター。」
その言葉に胸を突かれたかと思った。
別に、死んだ恋人に操をたてて他の女と関係しなかったわけではない。ただ、忙しくて、それどころではなかっただけのだ。
そこまで忙しくして、我を忘れてなければ耐えられなかった。
自分を酷使して、仕事以外の一切を忘れて、没頭していなければ、その喪失感に耐えられなかった。狂ってしまいそうだった。
少し高い声で囁く優しい言葉。
はにかんだようにこちらを見る笑顔。
ほっそりとした肢体に会う度に溺れて。それが例えようもなく幸せで。
・・・離れていても、刀麻を思っていますよ。
耳に残る、あの柔らかな声が、思い出すと刀麻を狂わせるのだ。どうして、死んでしまったのかと、叫びたくなって。
なぜ刀麻を残して死んでしまったのかと、言っても仕方のない言葉を吐きそうになる。
現実を受け入れないわけにはいかない刀麻はずっとその言葉を飲み込んで生きてきた。言いたくても我慢して、堪えて、耐えて。
「・・・っ!」
似ても似つかない異国の女性を相手に、恋しくてたまらない彼女の名前を呼んだ。
感情が迸るようなその叫びを、タァへレフは少し驚いたように聞く。
今日出会ったばかりの、年若い医師の心の叫びを受け止めたような気がしたからだった。
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