第5話 意志の疎通

 洗濯物らしい濡れた衣類をたくさん籠にいれた長い黒髪の女が立っていた。髪を隠していない。既婚者だろうか。

 美しい英語だ。きっと、英国で学んだか、英国の発音のいい教師、それもそれなりの上流の人間に学んだに違いない。英国に長く滞在したことのある刀麻にはその違いがわかる。

『お前、なんでそこにいるんだ、タァヘレフ。』

『首長のご命令で。英語が話せる私が必要だろうと命じられて先ほど到着したのですが、余りに洗濯物が溜まっていたので・・・』

 アラビア語で会話し始めた二人に割り込めない刀麻は呆然とそれを聞いていたが、意思の疎通が出来そうな相手を見つけた彼はすかさず庭先へ身を乗り出す。

「あんた、英語が話せるのか。」

「はい、ドクター。はじめまして、ようこそ、サハラへ。」

 さっきの少女よりは日に焼けているが、大きな瞳と彫りの深い顔立ちは充分に愛嬌がある。年齢は恐らく刀麻よりもかなり上だろうが、この際、そんなことはどうでもよかった。

「よし、チェンジだ。あの子じゃなくて、俺はあんたがいい!あんたが気に入ったぞ!」

 やっと英語が話せる現地人を見つけたのだ。逃してなるものかと意気込む刀麻に、彼女は何を思ったのか、恥ずかしそうに頬を染めた。

「・・・ドクター、私は子供もいるし結構な年齢なのですよ。貴方よりも10は年上です。それでもよろしいのですか?」

「いいに決まってる!言葉が通じるほうがどんなにかいいに決まってるだろう!」

 喚くようにそう言ってから、やっと気がついた。

 チェンジしてあの子とこの女性を交換する、ということは、つまり。この女性となら関係を持ちたいと、たった今大声で言ってしまった事になる。

「・・・しまった、そういう意味じゃなくて、とにかく話し相手が、だな。」

 言い訳しても、もう遅い。

『お医者様はサルマーよりもわたくしをご所望と仰られました。ハーディ、よろしくて?』

『いや、ちょっと待て。お前がそんなことをするわけには・・・』

 英語とアラビア語のちゃんぽんで廊下で騒いでいると、何事かと数人のアラビア人達が寄って来る。

『皆様も証人になっていただけて?お医者様はサルマーよりもわたくしのほうがいいと仰ったのですわ。すぐにサルマーを帰らせてもらえるわね。』

 彼女がそう言うと、周囲のアラビア人達から拍手が起こった。

 何がなんだかわからない刀麻は、呆然とその様子を見ている。すると、泣きながら刀麻のいた部屋から出てきた先ほどの少女が顔色を変えた。鳴いていたカラスが笑ったのだ。

『タァヘレフ様、本当ですか!?わたし帰れるんですか!?』

 刀麻の前でのしおらしい様子が嘘のように嬉しそうに喋っている。

『こちらのお医者様は貴方よりもわたくしのほうがいいと仰るんだから仕方が無いわ。残念だけどお帰りなさい。・・・兄弟達が待っているわよ。』

『じゃあ、こっちのお嬢さんも一緒に帰らせてくれるかな。・・・俺も、悪いけどこんな少女にはとてもそんな気になれないんだな。』

 いつのまにか、隣室にこもっていたはずのマックスが、同じく少女を連れて廊下に出て来て呟いた。困ったように、顔についた口紅のあとを手で拭っている。

「マクシミリアン・・・おめー、まんざらでもなさそうな・・・。」

 白い目で見る同僚に、慌てて彼は言い訳する。

「誤解だ、トーマ。これは、ただ、ぶつかっただけだっ!お前だって俺が女に興味ない事知ってるだろ!」

「お前が両刀だってことは知ってるぞ。」

「やめてくれよ。俺は女はこりごりなの。これからはずっとゲイひとすじなんだよっ!」

「その発言が既に嘘くせぇ。」

「まあ、そちらのお医者様は男性の方がお好みなのですか・・・?ひょっとして、お二人はそういう関係でいらっしゃる?」

「やめてくれっつ!とにかく、あんたはちゃんと英語が話せるらしいから、少しの間俺達に説明をしてくれよ!!」

 関係ない方向に話を進むのをかろうじて軌道修正した刀麻がそう言って溜め息をついた。


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