第4話 郷に入っては郷に

 慣れない手つきでどうにか提供された食事を終わらせる。医師として様々な国へ行くことがあったので、その国によって食事の行儀や方法が違うのは仕方が無いとわかっていた。郷に入っては郷に従えで、慣れた様子のマックスを見本にして済ませる。味そのものは悪くない。スパイスの効いた肉や野菜の料理は、刀麻の口に合った。

 その後はマックスとは別室に案内される。とは行っても隣の部屋だ。屋敷の中では客人を泊める為の部屋なのだろう。大きなベッドに清潔なシーツがかけられている。

 寝ろと言われてもまだ夕方で、余りにも得た情報が少なすぎて話したいことがある。マックスの部屋へ移動しようとすると衛兵のような作業着の男に止められた。ということは、あっちもそうやって止められているという事なのだろう。

 観念して大きなベッドへ潜るしかないのだろうか。大きな窓には薄いカーテンがかけられ、それほど広くもない部屋の絨毯だけが、やけに贅を尽くしているように見えた。

 荷物も何もなく、ただぼんやりとベッドの上に座っているだけだ。

 昨日までは愚痴を言う暇さえない程忙しかったのに、突然何もすることがないという時間を与えられ、刀麻は途方にくれる。

 病院の自室や医療チームの寮の荷物はどうなっただろうか。いくら医者でも、道具も薬もなくては治療など出来ない。というか、着替えさえないこの状態で、どうしたらいいのかもわからなかった。

 部屋のドアがノックされる。衛兵のような男が、小柄な女の子を連れてきた。顔立ちといい立ち姿といい、衣装といい、間違いなくアルジェリア人だろう。黒髪を布で隠した彫りの深い顔立ちはとても美しい。肌の色も、衛兵の男達よりははるかに白いように見える。きっと、余り外に出ることなく過ごしているのではないか。

 彼女を残して、男は部屋の外へ出て行った。何故だろうか、と首をひねる前に、すぐにその意図がはっきりわかる。

「だああっ!!待てっ待てってば!おい!!」

 娘は刀麻が座っていたベッドに近付き、服を脱ぎ始めたのだ。刀麻はびっくりして悲鳴を上げるように止めた。

 つまりは、そういうことなのだろう。

 食事を与えられ、その後に女性が部屋に寄越される。その女性が目の前で服を脱ぐというということは、一晩のお相手に、と差し出されたわけだ。

 慌てて彼女の脱いだ服を上から被せるが、そうすると彼女は悲しそうな表情になった。泣きそうな顔で、わっと両手で顔を隠す。

「いや、あんたが気に入らないとか、そういうことじゃなくてだな・・・。」

 なんと言おうが、言葉が通じないのだ。

 弱った。恐らくはこの少女は医師に必ず気に入られてくるようにと言い含められているのだろう。そして、それが出来なかったら罰を食らうのかもしれない。だからこんなに悲しそうな顔になるのだ。そのぐらいの事は刀麻にもわかるのだが。

 ・・・こんな年端も行かないような女の子なんか手が出せるか!!

 美しく艶めかしく化粧していても刀麻の目は誤魔化せない。年齢は15歳未満だろう。

 刀麻はロリコンではない。どうせなら、もっと年齢のいった女だったらその気になれるのに。

 禁欲しているわけではないが、忙しさにかまけて一年以上も女性と関係していない。やろうと思えはやれるが、こんな少女ではとてもじゃないが刀麻はお相手出来なかった。

 ・・・だって、国でこんなことバレたら捕まるし!

 そう思うだけで気持ちも身体も萎えてしまうのだ。たとえ外国人とはいっても、据え膳とはいっても、出来ることと出来ない事がある。どんなに美少女であっても、だ。

 ドアを思い切り叩いて、衛兵の男を呼び入れる。渋々部屋に入ってきた男は、部屋のベッドで泣いている娘と何か英語でまくし立てている刀麻の顔を交互に見て、短く答えた。

「ジャストアモーメント(少し待て)。」

 いかにも逞しい衛兵の背中にかじりついた刀麻はもう黙っていられない。

「待てるかっ!おい、俺達をどうする気なんだ。こんな遠くまで連れてきて、一体俺達に何をさせようってんだよ!?」

 屋敷の廊下を戻っていくその男にくっついてどうにか反応を見ようとする。男は困ったような顔をして、懐から銃を取り出した。

 銃を向けられても、刀麻は怯まない。殺されないとたかをくくっていた。医師が必要ならば、多少の怪我はさせられても致命傷は避けるはずである。

「ハーディ、お医者様は不安になっておいでのようですよ。少しくらい説明をしてあげなくてはいけないと思いますが?」

 椰子の木が植えられた庭の方から女の声が聞こえた。この国へ来て初めて聞いた声だった。・・・そして、その言語はアラビア語でもフランス語でもなく英語だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る