第3話 雨降れば

 連れて行かれたのは、広い民家の一室だった。どこぞの部族の首領の屋敷なのだろうな、と予想する。銃で脅してくる男達とほぼ変わらない外見の連中がたくさん館の内外にいた。誰も彼も粗末な作業服のようなものを着て、稀に軍服らしいものを纏っているものもいたが、階級章などは見あたらない。あからさまに銃を手にしているものもいるが、隠し持っているのもいる。どいつもこいつも武器を所持しているのがはっきりとわかるので、逆らうわけにはいかなかった。

 二人は比較的小奇麗な応接間らしい場所へ連れて行かれ、座るように指示される。見事な刺繍のある絨毯の上に、柔らかそうなクッションが二つ用意され、その手前にはローテーブルと言っても低すぎるような高さの無いテーブルが置かれた。大きくて広めのトレイ、と言ったほうがいいだろう。

 あごひげの男はその場に立ったまま、マックスとフランス語で会話する。僅かながらも意思疎通が可能らしく、多少の情報交換が出来たようだ。

「マックス、俺にも教えてくれよ。なんて言っているんだ?」

「ここはアルジェリアの南の、サハラ砂漠のオアシスの一つで、タマランセット県だそうだ。ドバイから一晩でサハラまで連行されたとは、さすがに俺もびっくりだよ。」

「・・・俺余り地理に詳しくないんだが、ホガール山地の辺りか?・・・この辺りはまだまだ紛争が耐えない所だったよな?」

 貧富の差が激しいことでも有名だ。その事と宗教上の理由や、地下資源の所有をめぐって多くの部族の対立が続いているはずだった。アルジェリア軍が衛星から直接砲撃したり、領空侵犯などの理由で砂漠の基地を空爆した報道などもよく見かけた。UAEにいてもアルジェリアはかなり近い国として存在感があるため、多くの情報がやり取りされていたのだ。

「部族紛争の中でももっとも大きい勢力だって言う、・・・ていうか、彼がそう言うんだが、その一族がこの屋敷に現在来ているんだそうだ。」

 先進医療チームは紛争中の国へ関与しない。だから、アルジェリアにはチームの医療施設はないはずだった。

 ・・・だから、ドバイまでやってきて医師を浚ってきたってことか?

 えらいところに来てしまった。

 だから屋敷の中も外もあんなにもものものしいのだろう。

 意識が戻った時からずっと背後から銃を付きつけられていたにもかかわらず、彼らは周囲の警戒もまったく緩めなかった。医師の二人が逃亡する様子が全く見えなくても、彼らは神経質に辺りを見回し、地上車に乗せる時も乗せてからも殆ど口も聞かず緊張していた。

 ・・・こういう事とは完全にオサラバしたはずだったんだけどな。めぐり合わせって奴か。

 日本にいた頃の事を思い出してしまった。

 テロリストと称する組織にいたあの頃、刀麻は基本的には医療に従事することでしか協力しなかった。それでも何度かは、戦闘に駆り出されたことがある。その当時の事を思い出してしまうのだった。

 刀麻の実兄は植物学を研究していた。荒れ果てた、荒野の土壌となった土壌に緑を増やそうと地味ながら日々研究を繰り返し、その傍らで組織の指導者に仕えていたのだ。身体も大きく腕っぷしも強い兄は工作員としても優秀だったろう。その兄も、組織の指導者とともに行方不明となっている。

 医師として忙殺される毎日に、日本でのことはほとんど思い出すこともなかった。亡くした恋人の事も、殆ど記憶の彼方へ押し遣っていた。

 ここにきて急に次々と思い出す羽目に陥ってしまったのは、まるで旧友からのメール便が届いたことがきっかけのように思えた。

 ・・・だから、あいつが悪いってわけじゃないけど。雨ふりゃ土砂降りって言ってねぇ・・・。

「何がおかしいんだよ、トーマ。」

 含み笑いをした刀麻がおかしかったのか、マックスが訝しげに問う。


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