第2話 ここは何処

 とにかく暑くて気がついた。

 暑いのに、乾いた風が汗を乾かして体温を奪っていく。暑いのに、どこか薄ら寒いような、妙な感触だった。

 おかしい。病院は完全にエアコンで気温も湿度も管理されている。宿直室だって同じはずだった。

 ゆっくりと瞼を開いて視界を確認する。

 やけに明るい。眩しいほどの日光に思わず顔をしかめる。何度も瞬きを繰り返しながら周囲を見る。粗末なビニールシートのようなものの上にうつぶせで横たわっていることにやっと気がついた。日陰になってはいるが屋内ではない。それでも眩しい。

 隣りにも人影がある。白衣を着ているところを見ていると自分の同僚だろうか。

 周囲に人の気配がある。隣の同僚のように意識を失っている人間ではなく、歩き回って周囲を警戒している。

 ・・・これはアラブの、・・・いや、北アフリカか?

 軍服と言うよりは作業着に近いような粗末な服を着て銃を片手に動いている中年の男達はよく陽に焼けていた。時折口にしている言葉が、アラビア語のような、フランス語のような。

 刀麻はアラビア語は殆どわからないし、フランス語もカタコトしか理解出来ないので、その程度の事しかわからなかった。

 民族的にはドバイの人々と余り変わらないように思えたが、恐らくは生活の違いによる肌の色の差異なのだろう。

「・・・ここは、どこなんだ。」

 低く呟いて身を起こすと、その動きに気がついたのか、隣りで寝ていた同僚が目を覚ます。

 同じ腹部外科医の、マクシミリアン・サハだ。フランス出身の彼ならば、銃を持って歩き回っている彼らが何を言っているのかわかるかもしれない。

「マックス、わかるか、俺だ、トーマだ。」

「ああ・・・頭が痛い。くそ、殴られた。トーマも一緒に連れて来られたのか・・・。」

 茶色の髪を掻き分けて投打された部分を手で撫でていたマックスは、英語で語りかけてきた同僚に低く返答した。

「何があったんだ。俺は宿直室で寝ていただけなのに、目覚めたらこのざまだ。ここは一体どこだ?」

 ビニールシートの上に二人は起き上がり、背中合わせに座る。

 屋外の、木陰にただシートを敷いただけの粗末な場所で、二人は寝転がっていたようだった。古い城壁らしい建物が見える。辺りを警戒している男達は3名ほどだった。日の高さから言って時間は昼を過ぎているのではないだろうか。

「あの騒ぎの中ずっと寝ていたのか!?・・・お前、おめでたいな。病院が襲撃されたんだぞ。」

 金色の瞳を細めて呆れたように言うマクシミリアンは、その時、まさに手術中だったのだそうだ。だから白衣のままなのだな、と妙に納得する。刀麻はTシャツと綿のパンツ姿だ。寝ていたのだから、ラフな格好なのは当然である。

「襲撃されたって、誰にだよ。」

「俺が知るか。とにかく、昨夜病院は襲撃されて医師はもちろん患者も看護師も居合わせた見舞い客までもが重軽傷だ。勿論施設の方も半壊。戦車やら装甲車やらが入ってきて、マシンガンを乱射するような連中でな。どうか死人が出ていないことを祈るよ。すぐにドバイの警察がやってきて連中は攻撃を受ける前にすぐさま撤収しようとしたらしいんだがな、俺は術中だったんで一目で外科医だってわかったんだろう、羽交い絞めにされて殴られた。連中、医者を連れ出せ、って騒いでいたんだ。薬やら医療器具やらも奪って行ったようだぞ。お前が連れて来られたのは多分抵抗しなかったからじゃないか?」

 抵抗も何も熟睡してまったく意識のない状態だった。

 しかし、ドレッドヘアーに綿パンツ姿で寝ていた東洋人の刀麻を見てよく外科医だと気がついたものだ。

「つまり、襲撃を受けて拉致されたのは、外科医の俺とお前だけ・・・ってことか?連中の言葉がわかるのか、マックス?」

「少しならアラビア語がわかる。俺、アルジェに留学してたことがあるんだ。それに、拉致されたのが俺とお前だけかどうかはわからないぞ。殴られた後の事は記憶がない。」

「医者が必要で連れて来られたって事は、少なくともすぐに殺される心配はなさそうだが・・・、あんまりな扱いだな。」

「それにしても、喉が渇いた・・・。暑いな、このままじゃ脱水になっちまう。」

 軽く咳き込んだマックスが、両手で喉を押さえる。

 すると、銃を持っていた男達の中から一人、あごにひげをびっしりと蓄えた作業服の男が傍へ寄ってきた。

「水、いるか?」

 カタコトの英語だった。だが、充分に意味は伝わる。

 刀麻とマックスが同時に頷くと、ひげの男は腰にぶら下げていた水筒を差し出した。

 マックスが受け取り、喉を鳴らしてから刀麻に手渡す。半分ほどに減った水筒の中身を、刀麻は全部飲んでしまった。温くてもそんなことは問題ではないほどに渇きを覚えていた。空になった水筒をひげの男に礼を言って返す。

「アラビア語かフランス語は出来るか?」

 軽くなった水筒を腰に再びぶら下げた男が再び英語で尋ねた。

「少しなら。」

と、マックスが答える。刀麻は正直に首を横に振った。

 ひげ男は頷くと、銃を下ろして警戒しているもう二人の仲間に合図する。

 二人の外科医は連行されるように銃で背後から脅されながら、歩き始める。


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