刃を磨くもの
ちわみろく
第1話 友人の知らせ
久しぶりに届いたメール便には、小さな立体映像が添えられていた。
かつての友人が結婚した旨が書かれている。
金髪の友人は、相変わらず優しそうな微笑を浮かべていた。その隣りで恥ずかしそうに寄り添う伴侶の笑顔が幸せそうだ。
「そうか・・・やっと結婚までこぎつけたか。よかったな。」
小さく呟いて、もう一度立体映像を食い入るように見る。
白いウェディングドレスに身を包んだ黒髪の娘は、何度か治療してあげたことがある。身体にいくつも痕に残るような怪我をしていたので、いずれ美容外科手術をして痕を消すようにとすすめておいたのだが、結局そうはしなかったようだ。ドレスの胸元から僅かに見える傷痕がそれを教えてくれている。
祝福の言葉と、簡単な近況報告と、適当に選んだ贈呈用の花束を贈るように手配して、端末を終了させた。
立体映像の新婦の顔を見ると、少しだけ切なくなる。
亡くしてしまった恋人の若い頃に似ているからだ。
メールには、相変わらず彼女は刀麻から譲ってもらった衣類を使っていることまでも記されていた。
刀麻が大切にしていた恋人の衣類を譲ったことを思い出す。そうだった。サイズがぴったり一緒で喜んで着てくれたし、よく似合っていた。
譲った時点で既にお古だったのだが、数年経た今になってはさらに古びてしまっただろうに、まだ着てくれているのかと思うと思わず笑いが込み上げる。余りに、彼女らしくて。
刀麻の恋人が若かった頃のちょっとした印象が、この新婦と少しだけ似ているのだが、古着をさらに着倒すようなズボラな所は、愛していた彼女には似ていない。
長い間交際したその恋人を失ってから二年ほどが過ぎた。学生時代から交際し将来を誓い合っていた彼女は、立体映像に映る新郎の姉を守って呆気なく敵の銃弾に斃れた。その後、新郎である友人の姉も行方知れずとなってしまったことは後から聞いた話だ。刀麻はその後すぐに日本を出てしまっていたから。
刀麻が所属するアフリカ先進医療チームは、UAEやモロッコ、エジプトなどアフリカ大陸及びアラビア語圏に点在する。一昨年前に日本からUAEのドバイへ移った彼は、それからずっとドバイの医療チームで働いていた。
地下資源で潤った金持ちが暮らす不夜城のような街で、病院の宿直室のベッドに寝転んだ彼は再び灯りを消す。
優秀な外科医である彼は毎日目が回るように忙しい。専門は腹部外科だが、彼は脳外科も整形外科もこなす。そうでなければ医療チームには入れなかった。病院には専門医はたくさんいるが、医療チームの主旨は、出来るだけ多くの種類の患者を受け入れることだからだ。先進医療チームの意義は、医療の最先端で新しい治療法を探したり研究したりすることだけではなく、あらゆる患者に対応できる医師を育てることでもある。今日だけでも盲腸炎から脳出血及び肺ガンの手術まで行った彼は、正直に言うと宿直が出来るほどの体力を残してはいない。
大きな欠伸を一つすると、奔放に跳ねるドレッドヘアーを枕へ押し付けた。眼鏡をはずして、ベッド脇のチェストへ置く。
夜明けまで4時間ほどだが寝ておかなければ身体が持たない。こめかみを軽く押さえて横を向く。もうほとんど意識がなかった。
多くの人が移動する騒音や車両の衝突の音、銃声と思しき音声も、きっと夢なのだろうと思い、覚醒することなく熟睡へ導かれていく。吸い込まれるように眠りに落ちていく刀麻は、どこか遠くでサイレンの音を聞いたような気がした。
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