第3話 商品を並べて、俺が売り子をやればいい

 俺のアイテムボックスは、ほぼ無限に物が入る。

 この世界に来てから、さまざまな物を放り込んできた。


 アデルが従えた鍾乳クマに牽かせるソリを即席で作りあげられたのも、不必要な瓦礫を、どかせるのが大変だからとアイテムボックスに入れたところ、木材と年度に仕分けされていたからだ。


 鍾乳クマというのは、体のあちこちに石筍のような不自然な突起を持ったクマだ。

 アデルによると、石筍のような突起は脂肪が固まったもので、身を守るために使われるという。


 俺は走った方が速く、アデルは重くてクマが動けなくなるため、結局ケンだけを乗せてクマを走らせた。

 人間の集落が見えてくるまでに一月かかり、小さな村を見つけた。


「街まで行かないと、商売にならないんじゃないかねぇ?」


 というアデルの言葉に従い、俺たちは人間の村を素通りして街を目指した。もっとも、商売のために町を目指すというまでもなく、その村は廃棄された無人の廃墟だと、後でわかった。


 さらに3日後、小さいがしっかりとした壁に守られた人間の街に辿り着いた。

 事前に、鍾乳クマは野に放ってある。

 アデルが、人中に入る時にいつもするように、すっぽりとフード付きのローブを被った。


 俺はアデルとケンを連れて、門に立っていた兵士に話しかけた。


「ここは、何という国のなんて街だい?」

「……魔王軍が次々に人間の国を滅ぼしている時に、そんなことも知らずに旅をしているのか?」


 呆れる兵士の問いに、俺は困ってアデルを見た。アデルは小さく肩をすくめた。

 魔王が死んだことも、魔王城が吹き飛んだことも、人間たちには伝わっていない。


「ああ。子連れか……どこから来た? 保護してほしいのか?」


 俺がアデルに送った視線を勘違いされたようだ。俺は首を振った。


「いや。俺は猟師の手伝いをしている。久しぶりに街に来たから、前に来たことのある街と同じ街か、確認したかっただけだ」


 兵士は驚いた顔をした。


「ほう……この街は、魔王軍との戦いの最前線だ。このあたりは、獲物より強力な魔物の方が多いだろう。まあ……師匠の猟師が凄腕なんだろうが、早めに狩場を変えるように言うんだな。この街はドレード、キルヒア国の辺境さ」


「ありがとう」

「ああ。気にするな」


 兵士に礼を行って街に入る。アデルの素顔を見れば、明らかに人間ではないことがわかるはずだが、アデルは体格からか、フードをとるように言われたことはない。

 街に入ると、俺の腕の中でケンが言った。


「さあ……いよいよ商売だ。カロン、アデル、世話になったな」

「一人で行くのかい?」

「もう、安全だろう?」


 ケンが周囲を見回す。俺は、ケンのふかふかした頭部を撫でた。


「家ネコにとっては、ただの人間でも脅威になり得るぞ」

「だって、俺は猟師だぞ」

「経営シミュレーションのスキルで、どうやって身を守るんだ? まずは、金を稼ぐことだろう。背負った荷物を、どうやって外す?」


 現在、ケンの背中には、布の包が結わえ付けられている。中には、道中で狩ったネズミの死骸が入っているのだ。腐らないように解体し、干し肉にしてある。

 ナイフが持てないため、ケンが爪を使って捌いた。綺麗な出来ではない。


 布は俺がプレゼントしたものだ。結わえ付けたのも俺だ。

 つまり、背中に縛り付けた荷物を解くことすら、ケンにはできない。


「ケン……人間を雇えるぐらいまで金を貯めるか、猟師とか農夫とかのスキルで、身を守れるぐらいになるまでは、あたしたちと一緒にいな。あたしとカロンは、ケンと同じ世界から転移した。同じ世界の連中を助けてやろうって、二人で決めたのさ。あたしたちの世界から来たばかりの奴は、全て死にかけの肉体に入る。命だけを救っても、そのあと生活できるところまで面倒を見てやらなくちゃ、意味がないからね」


 ケンはアデルを見下ろした。俺が抱えていたから、視点はアデルより高い。

 俺が石畳に下すと、ケンは顔を洗った。洗ってから、アデルをじっと見た。ネコの姿をしているが、中身はネコではない。相手を見つめているからといって、喧嘩の準備ではない。


「お願いします」

「はいよ」


 アデルは尖った牙を見せながら、ケンの頭を撫でた。


 ※


 俺とアデルは、ケンがこの世界に転移したのと全く同じタイトルのRPGを介して転生した。

 能力も戦闘系のものばかりだし、レベルという具体的な強さの指標がある。


 この世界に来てレベルを上げ続け、ついには魔王を倒した。

 その過程でいくつものダンジョンを攻略し、金には困らない程度の蓄えはある。

 町に入って早速、宿をとって旅の疲れを癒すために、堅いが手足を伸ばせるベッドに横になった。


 アデルは自身の体が重いため、床が抜けないか確認してから部屋に入った。

 茶色いネコの姿のケンは、魔王城跡地から最初の町までの道中で集めた品物を床に並べ、商売の準備をしていた。


 並べたのは、野ネズミの干し肉と、鞣した革だ。

 ケンは農夫から猟師という職業に転職している。捕らえた獲物を売るために、ずっと背中に縛っていたのだ。


 内臓と骨、長い尻尾は捨ててきた。家猫の体で運べる量には限界がある。俺のようにアイテムボックスを持たず、俺やアデルに頼ることも、できるだけしたくないのだという。


「どうやって売るんだ?」


 俺なら、狩った魔獣は調理場に持ち込む。アイテムボックスに入れると自動で解体してくれるために、食材にするのも簡単だ。

 だが、その機能がない場合には苦労するだろう。


「普通の猟師だと……下取りをしてもらうのかな? 現代では、実際に猟師をやっている人なんて少ないから、俺もわからない」


 ケンが腕を組んだ。腕といっても前足である。アデルが、ケンの品揃えを眺めた。


「難しいだろう。いくらなんでも、解体したのがネズミじゃあ、肉にしても革にしても、引き取りを拒否されるのが落ちだ」

「せっかく、ここまで苦労したのに……」


 ケンが肩を落とす。アデルの判断は正しいだろう。

 だが、ケンは俺たちとは違う。戦って強くなることもない。この世界での目標は、金を稼ぐことだ。


「なら……自分で売るとかは?」


 俺が言うと、ケンが顔を上げた。


「どうやって売るんだ?」

「市で店を出すか。でも……売り子はどうする? 雇う金はないんだろう?」


 俺が言うと、ケンはしばらく顔を洗っていた。考え事をしているのだろうか。

 ただのネコであれば、考え事をしている間に、何を考えているか忘れるところだが、ケンは忘れなかった。


「俺がやる。露店なら……商品を並べて、俺が売り子をやればいい。昔、そういう映画を見たことがある」

「……いいのか? それで」

「問題でも?」


 ケンが俺を見たまま首を傾げた。俺はアデルに視線を向けた。


「まあ……色々やってみるしかないだろ? あたしもカロンも、この世界で商売したことはないんだからね」

「そうだな」


 やる気に溢れたネコの姿に、俺は口を出すことができなかった。

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