第4話 こんなものが売れると思っている
幸いにも、翌日は市が立つ日だった。
大きな街ではない。辺境の田舎町だ。
いつ魔王の軍に潰されるかもしれないと警戒もしている。魔王が討伐されたことは、まだ知れ渡っていない。あるいは、俺たち以外には知らないかもしれない。
市は滅多に開かれないのだ。
市の立つ日には、町の一画に露天商が品物を並べる。
その場所を借りて、ケンは露店を開いた。
背負っていた布を地面に広げ、品物を並べる。
商品は、鞣した革と干し肉である。
魔王との戦いで疲弊し、なにもかもが不足している世情である。
どんなものでも売れる。
それが普通だ。
だが、ケンが並べたのは、ネズミの革とネズミの肉である。
しかも、ケンはネコである。
魔王は、自らの象徴として旗にネコのイラストを使用した。
そのネコは茶色に塗られることが多く、茶色いネコは魔王を想起させる。
俺とアデルが、ケンの左右に座った。さすがに一人にはできない。
外見だけでも嫌われて、問答無用に殺されてしまうかもしれない。
ある国で、ネコが大量に殺されたという噂も聞いたことがある。
そのネコたちに罪はない。
もちろん、ケンにも罪はない。
だが、ケンが魂を寄せ、自分の肉体としたのは、かつて魔王として君臨したララの体で間違いがないのだ。
市に集まった露天商の人間たちが商売を始める時間になった。
積極的な呼び込みをしている商人はいない。そもそも、市といっても、露天は数える程しかない。
それでも街の人々にとっては、生活必需品を揃え食料を調達する、逃せない機会なのだ。
「さあさあ、安いよー。安いよー。お買い得だよー」
周囲の商人たちに見習わず、ケンは声を張り上げた。露天で売るということに対するイメージでの行動だろう。
経営シミュレーションをやっていた専門学校生だというから、まだ人生経験も少ないはずだ。
人前で声を張り上げたこともないだろう。
その割には、とても頑張っていると、俺は隣に座ったままで応援していた。
目の前に、鎧を着た男が立った。
はじめての客だろうか。俺は期待して、ケンを見つめた。
「いらっしゃい」
ケンが嬉しそうに言った。はじめての客なら、嬉しいに違いない。
はじめての商売だろう。
兵士は、俺とアデルを見比べてから、俺を睨んだ。
「お前が飼い主か? ネコを鳴かすんじゃない。ネコを虐めているなんて評判になったら、次はこの街が魔王に滅ぼされるんだぞ」
「えっ……」
愕然と、ケンが呟いた。ケンの呼び込みは、周囲の人たちには、ただニャーニャーと聞こえていただけだったのだ。
声もないケンに代わって俺が尋ねた。
「ま、待ってくれ。魔王がせめて来たりはしない。魔王なんか、もういない」
「なにを言っている。お前みたいな若造が、なにを知っているんだ。いや……知らないのか? 世界中の国が、すでに魔王にひれ伏した。抵抗している国はもうない。俺たち人間は、魔王に滅ぼされないよう、頭を低くしているしかないんだ」
兵士は俺を睨んだ。どうやら本気だ。
「カロン、無駄だよ。あたしたちは、ただカロンが勇者だから、魔王を倒した。どの国に命令されたわけでもない。魔王が死んだことを、あたしたちが触れ回っても誰も信じない。ケンにここで商売をさせるのは、諦めるしかない」
「そんな……」
ケンが落ち込む。兵士がケンを睨んだ。さっきのつぶやきも、兵士にはただニャーと聞こえたのだろう。
「……わかりました。もう、鳴かせません」
俺の答えに、兵士は頷いた。
「ああ。できれば、外には出さないほうがいい。今、世界で一番嫌われているのがネコなんだからな」
「……はい」
兵士が立ち去る。俺は、ケンの頭を撫でて言った。
「ケンみたいに上手に売り込みはできないが、ケンの商品は俺とアデルで売るよ。ここは、魔王城から一番近い町だ。ネコは魔王の象徴だから、ここでケンが声を張り上げるのは、たしかに危険だ。もっと、人間の多い街に行ってから頑張ればいいさ」
ケンは俺を見た。感謝されると思ったが、甘かったようだ。
「俺、カロンやアデルと話せたから、人間と話せると思っていた。言うことはわかるけど……誰も、俺の言葉はわからないのかな……」
ケンの以前の人格、ララも、話ができたのは俺やアデルだけだった。
「しばらくは、俺が通訳をやる。タダじゃない。出世払いだ」
ケンは、再び俺をじっと見た。
「……頼む」
頼みたくはない。その思いが、言葉からにじみ出ていた。
※
ケンを俺の背中に隠し、俺が白い布の上でネズミの革とネズミの干し肉を売ることになった。
しばらくケンは渋っていたが、『現代のコンビニエンスストアの店長は、ほとんどが本社と契約した雇われだろう』というアデルの言葉に納得した。
つまり、俺の背中にはりついているケンが社長で、俺が雇われ店長ということだ。
「値段設定はどうする?」
まだ誰も足を止めていない時、俺は背後のケンに尋ねた。
「俺はこの世界の通貨も知らないし、相場もわからない」
「それもそうだな。アデル、どう思う?」
アデルは隣でうずくまっている。アデルを売り子にしなかったのは、フードを被って一切肌を露出していない小さな子どもが店番では、あまりにも怪しすぎると考えたためだ。
「ネズミなんか、どこにでもいる。要は、その革をわざわざ鞣したことと、干し肉にしたことの手間賃だろ。まあ……頑張って1匹分の革が銅貨5枚、干し肉は一つまみ青銅貨1枚ってとこかね」
「それは……いくらになるんだ? できれば……日本円で教えてくれ」
「心配はいらない。俺は日本人だ」
「へぇ! アデルもか?」
思わずだろう。大きな声を上げてから、ケンは自分の口を塞いだ。
俺やアデルとの普通の会話すら、他の人間たちには『ニャーニャー』鳴いているように聞こえるのだと思い出したのだろう。
「アデルってのは、この体の元の名前さ。もともとはアリスって名前でこの世界に来たのさ。あたしも日本人だよ。あのゲーム、日本での限定発売じゃないのかい?」
「えっ? 発売元はアメリカだろう?」
ケンはつぶやくような小声で言った。
「……開発会社が買収されたのかもな。これから、アメリカ人がこの世界にたくさんくるのかな」
「どうなると思う?」
「ほとんどが死ぬ。この世界にきてすぐにね。現代の世界では、こっちの世界に魂の一部が転移して、すぐに死んでいるなんてことは誰も知らないはずだ。つまり……なにも起きないさ」
「そうだね」
アデルがため息にも似た返事をした時、俺が地面に広げた商品の前に、人影が止まった。
先程兵士に目をつけられた俺は警戒したが、覗き込んでいたのはまだ若い華奢な娘だった。
「……なにを売っているの?」
「鞣した革に干し肉です」
「それは見ればわかるわ。なんの皮と肉なの?」
長い髪を垂らして、前かがみにになって覗く女は、勝気に俺を睨みつけた。
「ネズミです」
「ひっ! ドブにいるあれ?」
「いえ、荒野で捕まえたネズミです。汚くはありませんよ」
「そ、そう……でも、こんなものが売れると思っているの?」
「売れるかどうかはわかりませんが、品物が不足しているから、なんでも売れるかと……」
女は、俺をじろりと睨んだ。
「まあ、間違いではないけどね。あなた、そんなに弱そうには見えないけど、こんなものを売らなくちゃ生活できないの?」
「いえ……これは、友達の成果を金銭に変えたくて……」
俺自身がネズミしか仕留められないと思われるのは心外だった。俺が言うと、女は笑った。
「ネズミを取るのが得意な友達? 子どもの成果を取り上げたって感じかしら?」
このままだと、酷い父親だと認定されそうだ。独身の俺には重い枷だ。
俺は、腹をくくって背後に腕を回した。
「ネズミをとるのが得意な友達です」
俺は、ケンの茶色い体を抱えて、女の前に差し出した。
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