第2話:彼の怒り


一転場所は変わって裏通り。


細くえぐられた裏道には、もういつのものかも、もとが何であったのかも分からぬ”もの”があちこちに放られ、積み上げられている。すえた匂い、というのか、不快な匂いが、まっとうな人間はここに近づくな、と警告を発しているようだ。


薄明りに浮かぶのは、体の線がはっきりと見える煽情的なドレスを身に着けた怪しげな女たち。

少し離れて訳ありの用心棒たちがたむろしている。


どこの繁華街にもある裏通りだが、少したちの悪い類だ。


そこにひとり、似つかわしくない男が一人立っていた。

見上げるほどの長身だが、ゆったりとしたトーガの上からでも痩躯がわかる。

色のついた石のブレスレットがかかっている手首はほとんど肉がついていないほど骨々しくて、細い。


「おい」

用心棒の一人が声をかける。

「あんた、何の用でこんなとこうろついてんだ?女の誘いにものらねえし、どこか行く当てがあるようにもみえねえなあ」

頭二つ分も背の低い用心棒がいやらしくねめつけるようにのぞき込んでくるのを、深くかぶったフードの奥に見えるかたちのよい唇が、いかにも見下したような笑みを浮かべてみせる。


「子どもがいると聞いたのだが」

低い、抑揚のない声がきく。

それを聞いた男は、少し気まずげにあたりを見渡して、こそこそと男を暗闇に引っ張っていく。声を潜めて、

「おっと、そっちか。どうりで女たちの誘いにも乗らないってわけだ。・・・それで、どんなのが好みだ?若いほど高いのはわかってるよな」

ニヤニヤと下劣な笑いを顔に浮かべた用心棒の腕をさも嫌そうに振り払って、

「お前か」

男はフードをはねのけ、冷酷な笑みをあらわにした。

薄い灰色の瞳が男を磔にし、唇が血を滴らせているかのように真っ赤に染まってゆく。

視界に男の冷たい笑みが広がる。

この世にこの男と自分しかいない、そんな錯覚に陥って・・・。


ぐたりと用心棒は崩れ落ちた。

「な・・・!」

遠巻きに様子を見ていたほかの男たちが血相を変えて寄ってくる。

「おい、タム、どうした、なにが・・・」

そのうちの一人が崩れ落ちた用心棒のタムを助け起こすと、

「わ、うわああ・・・!」

せっかく助け起こした体を反射的に突き飛ばし、その場に腰を抜かしてしまった。

「な、おま・・・」

男に詰め寄らんばかりだった用心棒たちもタムの様子を見ると、一気に怯んで後ずさる。


タムは既にこと切れていた。

しかも異様なすがたで。


顔の皮、首の皮が骨に張り付き、骨格がひどく露わになっている。

おさめきれない目玉が飛び出しているように見えるのがさらに男たちを慄かせる。

血の気のまったくない肌、カサカサに乾いた唇。

まるで吸血鬼に全身の血を吸い取られてしまったかのように、干からびていた。


「わ、わ、おま・・・」

このような荒くれ男たちには似つかわしくもなく、必死に魔除けの印を切ったり、祈りを口走ったり、一目散に逃げだしていくものもいる。


その喧騒にひとつだけ、耐えきれないため息を漏らして、男は姿を消した。

そう、まるで煙のように消えていったのだった。

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