過干渉

涼しくなったり暑くなったりを

繰り返すような天候になってきた。

9月ともなればそろそろ

そんな時期かとため息を漏らす。

今年は特に異常なまでに

暑かったものだから、

まだまだ暑い日が続くものだと思っていた。

思えば6月は暑くて

7月の方が涼しいなんてことがあったな。

学校は制服があるために

着る服に迷うということは少ないのだが、

ベストを着るか否か、

いつ頃に半袖から長袖へと変更するか等々

案外悩むことは多いだろう。

あては決まってパーカーを着るのみ。

冬場になれば中にベストを仕込むのみ。


麗香「…。」


声を漏らすことなく机の上で

猫のようにぐいっと伸びてみる。

だからといって気が晴れるわけじゃないけれど

体が軽くなれば少しくらいは

変化があるのではないかと思った。


ざわざわと学校全体が

響めき出すような時間になってきた。

段々と早朝から朝へと向かってゆく。

そして気付かぬうちに

昼へと変わっているのだ。

不意にうたた寝をしてしまうと

今度は明確に夕方が迫ってきて、

夕方は逃げるように夜に包まれてゆく。

暗さに安心して眠れば

次に出会うのはまた朝。


そうして日々を繰り返してきた。

それも何度目だろうか。

高校生になってしまうほど

繰り返していたのだ。

その回数は、少なくとも

あての学年より下の人には

越されることなどないと

慢心していたのだった。

所謂、年齢だけは必ず越せないというやつだ。


麗香「…ふぅ。」


朝のホームルーム手前だというのに

何故か体の芯は萎れている

ような気になっていた。

それもそのはずだろう。


先日、Twitterでは

かえというアカウントから

のっぽが18歳であることや

放火、動物埋葬をしたこと、

自殺未遂、自傷の過去があることなど

様々な事が口悪く記載されていた。

悪意をたっぷり込めたその文字列は

誰しもが、とまではいかずとも

多くの人が嘘だと思ったに違いない。

ネット上でのみ交流のある人から

あて達顔を合わせている人同士でさえ。

あてだってその1人だった。

いくらのっぽが…小津町の事が嫌いだとしても

人の醜さを感じるほどの言葉らを

信じるまでには至らなかった。


それらのリーク全てが

嘘だとまでは考えなかった。

少なからずひとつくらいは

本当のことがあってもおかしくない。

そう考えていた。

けれど。


麗香「……全部本当です、か…。」


あろうことが小津町は

その全てを認めてしまった。

実際のところ本当なのかもしれない。

ただ、かえの考え方、言葉が悪いばかりに

それを信じたくないだなんて

感情的になって考えてしまっている。

胸糞悪いといえばいいだろうか。

人を徹底的に見下して

貶めるような態度に

どうにも苛つくのだ。


何故か。

何故。

それに答えを出せないままでいるのが

今のあてだった。


昨日、主に共学組である

長束先輩、関場先輩、あて、三門先輩が

小津町に合おうとしたのだが

どこに行ってもいなかった。

彼女の教室に行ったとしても

食堂や図書館に行ったとしても

出くわすことはなかった。

けれど、どうやら学校には来ていたらしく

昼休みの時に靴箱を見た時には

確と外ぐつがあったのだ。

授業の直前まで待っていたとしても

移動教室なりなんなりで

遅れるわけにもいかないので

結局捕まえることができなくて。


帰りのホームルームが終わって

すぐに小津町のいると聞いた教室に向かい

クラスにいた人に声をかけたのだが、

もう姿が見えないから

帰ったんじゃないかと言われた。

靴箱を確認すれば

確かに既に帰っていたのだ。

あて達から逃げるようにして

昨日を過ごした彼女は

一体何を思っていたんだろうか。


麗香「………ま、問い詰められるって思うかぁ…。」


実際問い詰めるとまできつい言葉でなくても

質問が多いことは確か。

その多くはきっと、小津町自身それで

本当にいいのかという

精神的に追い詰めるようなものだろう。

そんなの、あてだって極力避けたいものだ。

例えばの話、今の母親の元で

今後一生生活していくなんて

それでもいいのかと問われ続けると

流石にくるものがある。

自分の痛いところなんて

誰しもが突かれたくないだろう。


即ちあては家族の環境に対して

疑問を持っている、または痛いところであると

思っているということになる。

それだって今はどうでも良くなる程

小津町の事で頭がいっぱいだった。

あてらしくない。

そう考えればそれまでだけれど、

今回ばかりは放っておけない。


麗香「…。」


何より、1番個人的に引っ掛かっていたのは

自傷、そして自殺未遂という過去だった。

引っ掛かる、というよりも

困惑しているといった方が正しいか。

あれほど上級生に対して

タメ口で話しかけてくる上

基本下の名前にさん付けで呼んでくる

そのコミュニケーション力の

化身のようなものに、

あてのような陰湿な過去があるなんて

これっぽっちも思わないだろう。

あれが、あいつが

あてと似た類だなんて、

似た類の過去を持っているなんて

今でも信じられないのだ。





°°°°°





麗香「はーあ。」


ベンチに座ってぼうっと空を眺める。

こんなにゆったりした時間を持てるのも

久しぶりなことだった。

水泳と勉強、そして母親。

いろいろなことに時間を使っていたら

いつの間にかあての人生からは

自分の時間がなくなっていたのだ。


麗香「あはは。」


そりゃあ、追い詰められるわけだ。

逃げ道がないわけだ。


妙に納得がいって爽快感を感じたのだ。



---



夜に1人、心地いい風を受けながら

ガムテープを滑り台の天辺の棒を

ぐるぐると大きく巻いていった。

何重にも重ねたあと、

首や髪にぺたぺたくっつくのは嫌だったので

くしゃくしゃにして形を作る。

それをもうなんべんか繰り返して、

そして強固な輪っかができた。

しっかりと足の浮く高さで、

土台も何もないものだから

どうやって首をかけようかと

悩み始めた時だった。


誰も来ないだろうと

慢心していたのがよくなかった。


「…何してんだ?」


麗香「…!」



---



「ほらよ。」


麗香「…?」


「カントリーマアム。」


麗香「は?今このタイミングで?」


「うちからのプレゼントなー。」


麗香「今から死のうと思ってるんですけど。」


「おうよ。」


麗香「それ、分かってるんですか。」


「分かってるぜぃ。死ぬ前にひと休憩しよーぜ。うちもするからさ。」


麗香「…何それ。」


「なあなあ、聞いてくれよー。今日な、ファミレスのバイトでよ、ちっちゃい男の子を連れた家族がきたんだ。」


麗香「…勝手に」


「結構よごしてたんだよ、席。親御さんも怒っちゃっててさ。」


麗香「…。」


「あー片付けるの大変になるなーとかみんなと話してて。んでもなぁ、その子、帰り際にこう言ったんだぜ?」


すると突然無理矢理手をとって

掌を上に向けた。

かと思えば、その上には

例の如くカントリーマアムが。

赤色だからチョコ味だろうか。

あれ。

ココア味だっけ。


「お姉ちゃんご馳走様でした、美味しかったですって。」


麗香「…それが何。」


「だっはは。いやぁ、子供って可愛くね?って話。」


麗香「今関係ないじゃんか…。」


「ん?あっははー、そうともいうな。」


麗香「…どうでもいい。」


その人は、豪快に笑って

後頭部をぽりぽりと掻いた。

コミカルな動きをするもんだな。

楽しそうに笑うもんだな。


関係ない話だった。

ほんと、どうでもいい話だった。

今持ってるカントリーマアムに

関係する話でもないし、

今目の前にいるこの人について

何かを知れるわけでもない

不毛な会話だった。


無駄な話だった。

無駄な時間だった。


意味のない時間だった。

なんだよ、この時間。

…。


ほんと。

ほんとにしょうもない。

どうでもいい。


どうでもいい。

そう、どうでもよかったんだ。

親に縛られるとか

全部責任転嫁してる

だけだったんじゃないのか。

どうでもいいって投げ捨てて

好きに生きることだって

できたじゃないか。


麗香「どうでも…いいじゃんか…っ。」


どうでもよかったんだよ。

生き方なんて。

楽しければ、それで。


あぁもう。

もう、死ぬとか生きるとか

どうでもいいや。





°°°°°





麗香「…。」


未遂した時、小津町はあてみたく

誰かに救ってもらったんだろうか。

今1人なら、あてが先輩にしてもらったことを

誰かに、小津町にすることが

出来るんじゃないだろうか。

そんな夢まで描いてしまう。


きっとこの感情は引っ掛かるとも

困惑しているとも違うな。

これは要に、同情が湧いただけだ。





***





授業中の内容なんて

頭に入ってくるわけもなく

只管に彼女の過去について

思いを馳せるのみ。

だからといって何かが解決する

ということはない。

そもそも何をもってして

解決と呼ぶのか決めあぐねている。


ただ、これまでのことを見るに

小津町は昔大阪のとある田舎に住んでいて、

そこで何かしらがあったということ。

加えて、2回留年しているか

1度退学してから

この高校に来ている

ということが分かっている。

今年4月以前、皆と出会う前の

小津町のツイートを遡るに、

熱心に勉強しているのが窺える。

それから、どうしても受かりたい、と。

2回留年しているとしたら

このような志を持つことが

出来るのだろうかと疑問に思う。

1度退学していると見るのが

妥当なのかもしれない。


たかが年齢だ。

大学に入ればそのような人はごまんといる。

高校では少しばかり珍しいだけ。

それに、成山ヶ丘高校では

定時制もあるものだから

年齢なんてそれこそ幅広い。

だから、気にすることではない。


…と、ここまで小津町を慰めるような、

将又自分を説得するような言葉を並べながら

閑散とした廊下を歩く。

帰りのホームルーム手前、

多くの人は教室のあたりに屯している。

そこから少し外れてみれば、

要所要所に用事がある人のみ

散在しているのだった。

例えば職員室に用のある人、

部活、委員会、その他。


麗香「…ふぁ…ぁ…。」


あては人から離れて漸く

大きな口を開けて欠伸が出来るのだった。

マスクが大きくずれるも

手を使わず口をもごもごと動かして

元の位置へと戻す。

今日は手を使いたくない気分だった。


あては最近特に行っている場所があった。

校舎の構造上、左右の端に曲がり角があり

突き当たりには窓が、

そして2、3つ程の教室がある。

そのひとつは、偶々だが鍵が

壊れているということを

発見してしまった。

室内はやはり埃っぽいが

廊下ほどではなく、

人が普段から過ごしているのか

いないのか分からない程度。

机が真ん中に1つあり、

囲むように椅子が4つ。

正面に格子付きの小さな小さな窓がある以外

壁は背の高い棚で埋まっている。

教室を分断してるせいでこんな狭いんだろう。


微々ながら埃を被った椅子を引き、

足を組んで背もたれに

思いっきり寄りかかった。


麗香「ふぅー。」


時折、先輩達があての教室へと

遊びにやってくることがあった。

確か、移動教室の際に通りかかるんだとか。

最近、長束先輩達と話す気分ではない時は

決まってこの埃っぽい教室へと

足を運んでは1人を謳歌するのだった。

あては元より、人といるのが

得意な方ではない。

1、2人ならなんとか、

それ以上は基本受け付けない。

だからこそ、みんなで遊びに行こう、

花火大会に行こうだなんて

最初は乗り気ではなかった。

けれど、実際行ってみれば

結局は2、3人行動で楽だった。

何より、あてのことを

深く知っている、否、知ってしまっている人が

2人いるものだから、

気を抜いていていいのだと

直感的に感じ取っていて。

だからよかった。


けれど、学校は別。

人の気を感じずにはいられない。

意図的に離れなければ揉まれて終わり。

…なんて考えているのは

馬鹿馬鹿しいだろうか。

あてだけなのだろうか。


麗香「…。」


そろそろホームルームが始まる頃。

意外にも時間は経ていたようで

窓の淵に置かれた時計は

早く行ってこいと急かしてくる。

仕方ないかと思い

静かに席を立って

軋む戸を開いた。


「…!」


麗香「あー…すみませ…」


誰かが扉の裏にいたようで

ふと息を呑む音が聞こえた。

それに反射するように

言葉を返そうとした瞬間だった。


不意に捉えてしまった長い髪。

ああ。

ここって夕日が綺麗だったのか。

逆光を受け、表情は分かりづらいものの

それは明らかに怯えていた。


麗香「…やっと見つけた。」


花奏「…麗香さん。」


麗香「どうも…。」


花奏「…。」


気まずい空気だと

誰もが察知できるほど、

あてと小津町の間には

会話というものがなかった。


あてはそっと扉を閉じた後

何気なく小津町の隣へと行き、

徐に彼女と同じように

窓前に設置された手すりに凭れてみる。

不安になるような

きい、という音も鳴らず

ただただ圧が加わった。

ここで干渉しないことだって

選べたはずなのに、

あてはそれを選ばなかった。

非干渉的な態度を取らなかった。

そこに理由を見つけたかったが、

どうにもぱっと浮かばずに

自分の中でぐるぐると考えが巡る。


その間、小津町はそっと

息を潜めるだけだった。


麗香「…意外。」


花奏「…。」


麗香「私…私たちのこと見たら、走って避けられるって思ってた。」


花奏「…そうしたいけど、露骨すぎるかなって。」


麗香「今でさえ十分露骨。」


花奏「……確かにね。」


麗香「…。」


これまでのツイートを

あらかた思い出してみる。

特にかえという人物と、

小津町のことをよく知ってるであろう

三門先輩のものを思い返した。

何度も2人で遊んでいるだろうし

その分引き出しは多いと捉えている。

実際、性格上のことに対しての

引き出しは多かったと思う。


こちらから聞かなければ

多くを語らないところとか。

ああ、こういうことかと身に染みていた。


しかし、怯えた顔をする彼女に対して

あれこれ聞こうという気がまず起きない。

あてはいつからお人好しにでも

なっているのだろうか。


スカートのポケットからスマホを取り出し、

すいすいと操作する。

きっと小津町は今のTwitterの状態を

見ていないはずだ。

ちゃんと、知っておいてほしいことがある。

ちゃんと届いていてほしいものがあった。


花奏「…。」


麗香「ねえ。」


花奏「…?」


麗香「これ、見て。」


花奏「…これ…。」


それは、嶋原さんのツイートだった。

正確には、そのスクリーンショット。

信じてる、と言った内容のもので、

スライドしていくつかのものを見せた。

雛さんが小津町の

言うことだけを信じてるだとか、

長束先輩が、小津町のことを

信頼していると言った内容のものだとか。

それを見せている間、

小津町の顔を見ることはしなかった。

しようと思わなかった。


ふ、と息を吸いかけるも

うまく吸えないような。

そんな音が聞こえた。


麗香「…私はうまく言葉には出来ないけど、暫くTwitterは見なくていいよ。」


花奏「…っ。」


麗香「見るだけ嫌な気になるだけだし。」


花奏「でも…っ……それは、逃げてることにならない…?」


麗香「私はさぁ、逃げと休息をごちゃ混ぜにしちゃいけないと思うよ。」


花奏「…。」


麗香「なんなら言ってあげようか。」


花奏「え…?」


麗香「Twitterを見るなって、断言された方が楽なら言おうか?」


花奏「…っ!」


それなら、Twitterを見ていない、

そこに浮上していない全責任を

あてになすりつけることができる。

その分、言い訳がきく。

少しくらいは心持ちが

軽くなるのではないか。


そう、軽はずみな発言だったと

後に思い知ったのだ。


花奏「…ううん、やめておく。」


麗香「そうかぁー。」


花奏「…ごめんなさい。」


麗香「…。」


隣で深く俯き、

声も体も震わせる彼女がいた。


ああ、そうだった。

小津町はきっと、繊細なんだろうな。

繊細で優しいからこそ

相手に責任をなすりつけるだとか

そんなこと、出来ないんだろうな。

それかただ単に

逃げるだとかいう言葉が

近くにあることが怖いのか。

どちらにせよ、彼女は今

闘っていることは事実だ。


ずっと闘い続けている。

誰にも知られることなくこれまでずっと。


麗香「私さ…私もあるよ、自殺未遂。」


花奏「………ぇ…?」


麗香「意外ー?」


花奏「え……うん、まぁ…。」


麗香「にしし、そう。珍しいことでもないとは思うよ。みんな死にたいくらい思ったことあるし。」


花奏「…。」


麗香「…誰でもあるよ。」


花奏「…どうして…。」


麗香「…。」


花奏「どうして未遂で終われたん?」


麗香「…あー…これ他の人には内緒ね。」


花奏「…うん。」


今でも明確に思い出せる。

あの公園、あの薄暗さ。

あては自由になれた、あの時のこと。

水泳で息詰まり、勉強に追われて

何も生きる気力が湧かなくなったあの時のこと。

いろはには水泳をやめて

よかったと言うような表情を向けられたこと。

七には素直に尊敬の目だったのだろうが、

それを捻じ曲げて捉えてしまったこと。

全部全部、あての痛み。


…。

あぁ。

あてだって闘ってる最中なのかもな。


麗香「長束先輩に助けてもらった。」


花奏「愛咲さんに…?」


麗香「そう。偶々死ぬ直前に見つかっちゃった。」


花奏「…!」


麗香「小津町はどうして未遂で止まれたの?」


花奏「…。」


数秒の時を経て、

ふぅ、と空気が漏れる音。

それすら震えていることに

気づきたくなかった。


花奏「………ぁ……歩さんに、助けてもらった…。」


麗香「…そっかぁ。」


花奏「…ぅ、ん。」


麗香「だからかぁ。」


花奏「…。」


それ以上の言葉も感嘆も出ず、

すぐにホームルームが始まる時間になった。

ここをすぐさま去らなきゃいけなく、

小津町に対してひと言、

私も気持ちは皆と一緒だとだけ伝えた。


小津町がああにも三門先輩に

突っかかってまで仲良くしている理由が

どうにも見えてきた気がした。

普通、あそこまで酷く扱われれば

関わりたくないと思うのが筋だ。

しかも、小津町の性格を見るに

先程から感じていたのだが繊細だ。

なら尚更その強い言葉ひとつひとつに

傷を負っていても何ら不思議じゃない。

なのに、関わっているのだ。


そうか。

助けてもらったんなら、と

妙に納得していた。

あてだって、助けてもらってなけりゃ

長束先輩と一緒にいたいなんて

これっぽっちも思わなかっただろうから。

干渉してしまったのには

理由があったんだろう。

あて達は似ている。

ただ、それだけの理由だったんだ。


まだ9月だと言うのに

いつまでも震えた声が

頭から離れなかった。

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