第5話 笑みの種類

「よしっと、私はこれで良いぜ、です」

「ほぅ、ずぃぶんとまぁ個性的じゃあねぇか」


 俺が手にしたのは鮫鞘と呼ばれる刀である。身体が非常に小さい為、取り回しに慣れが要るがそれを込みで気に入った。

 


「よく合ったな。カタナって確か200年前の黒髪の剣士が起源だっけか、です」

「まぁあなぁ。知ってるっつぁ思うが、そいつぁ両刃と比べ使い勝手がわりぃ。その上力任せでは斬る事すら出来ねぇと来た」

「つまり、コレは売れ残り」

「っは!安くなんざしねぇぜぇおい」


 確かこの長さの刀は脇差って言ったか?それでも身長の半分くらいはあるけどな。

 早く成長しないかなこの身体。


「決まりましたか?おっちゃん!先に謝って起きます!何か壊れるかも知れません!!」

「元気があれば許されるっつぁ思ってんのかぁ?仕方ねぇなぁ。てめぇのバイト代から引いてやるから安心して壊しなぁ」

「!?!?カ、カレンちゃん。出来る限り壊さず試合をしましょう」


 あれ、金欠だっけか。

 いやでも、俺が居なくなって大型の依頼が出来ないとなると仕方ない。のか?


「さてぇ。内容は寸止めだぁな。カレン。それはまだ売ってねぇんだ。刃こぼれさすなよぉなぁ?ソーン。こらぁ試験だ。加減を間違えんなぁ?」


 先程まで手に馴染む武器を探していた店の裏は結構広い。この店は販売だけで無く修繕も行っている為、試しに振れる場所が必要になる。そこで空いていた店裏の土地も買ったのだとか。


 ソーンの得物はファルシオン。俺の持つ鮫鞘と同じく片刃であり、特徴として剣先が膨らみ持っている。似た物だとシミターやシャムシールがあるだろうか。あれらは曲刀が特徴だが。


「良いですか〜?」

「あぁ、良いぜ。おっちゃん、合図頼んだ」


 互いに構えを取る。ソーンは抜刀。俺はつかに手を添える。


 制限はあるものの久しぶりの対人だ。


「くれぐれも殺すなよ。......それじゃあ、始めっ!!!」


「っ!」

「ふっ」


 先手を取ったのはソーンだ。構え通りに踏み込みからの振り下ろし。身体強化を使わずにこの距離を1歩で済ませるのは流石だ。

 そして俺が狙うはカウンター。振り下ろされた時には抜刀を初め、今出せる最速を目指す。


「おっと、危ないですね。思った以上でびっくりです」

「今のよく弾いたな。1発で終わらせるのは流石に無理か」

「ですです。ソーンに反撃を狙うなら師匠並みに早くなって出直すですよ」


 お互いに2歩分の距離を取り出方を伺う。


 想定はしていたが、思ったより身体が不自由だ。カリアの時ほど、力や速さが出ない。代わりにあるのは低身長と柔軟って所か?


 次はこっちから行こうかね。


「......せいっ!」


 身体を前傾させ自重を加えた初速に掛けた一閃。

 計4歩の隙間は、足を地面から離した時には埋まっている。刀身を押し出す様に身体を曲げ、抜刀から到達までの距離を減らす。


「っと!本当に基礎をちゃんとしてるんですね。流石に当たり掛けましたよ」


 だがコレでもソーンのが早かった。左手を添え右手を伸ばし切る前にソーンのファルシオンが鮫鞘の物打に当たり、いなされる。

 そのままソーンを追い越し俺は背を向ける形で足を止めざるを得ない。


 その隙をソーンは見逃すはずもなく、追撃が飛んでくる。

 背後から迫るソーンの足を身体を無理矢理捻る事でどうにか凌ぎ、そのまま距離を取る。


 身体の理解度が低い状態では、身体強化無しで体格差を覆すのは難しいか。


「流石はカリアさん。申し分無い仕上がりです」

「っは!そうか?なら多少の身体強化は使っていくぞ」

「えぇ、それを含め試験です」


 薄く笑うソーンを尻目に俺は意識を切り替える。この身体で尚且つ強化を込めて剣を振るってのは初めてだが、ソーン相手なら大丈夫だろう。


「それじゃ、行くぜ。......五体豊饒ごたいほうじょう 四番よんばん 兎進としん


 言い終わる頃には俺の身体はその場から消えていた。


「っ! 二番 牛硬ぎゅうこう。っ後!」


 ソーンの正面から水平に斬る様に剣を振るった後、更に速度を上げ背後に回り込み、倍の速度で振り直す。正面に出した虚像とてその発生する風圧は本物だ。

 主に脚を強化して瞬発力を底上げする。それが四番。


 対するソーンが使用した二番は、腕と脚その両方に強化を施し、己を揺るがない障壁とする。

 瞬時に俺の位置を当て、ファルシオンで割り込みに来る。振りでは間に合わないと判断し、実態の無い方へ身体を逸らしつつファルシオンを逆手に持ち替え、甲手の様にして鮫鞘の刃先を滑らす事で軌道を逸らす。


 それでも勢いを全て打ち消せなかったか、ソーンの眉間に皺が寄る。


五体豊饒ごたいほうじょう 四番よんばん兎来とらいやつ


 兎進を1回、2回と増やしていき、計八方向から連続して斬り掛かる。今の俺では体力を無視したやり方だが限界を知っておきたい。


「っ!ちっ!」


 俺は四方八方から斬り掛かる。ソーンはその場に留まり「牛硬」を続け演舞にも引けを取らない静謐さで俺の攻撃を躱し、いなし続ける。


 連続して地を蹴る足音は全て俺が出している。瞬き一つの内に相手の隙を付く様、八方向からの斬撃が飛ぶ。

 どれだけ繰り返したのだろうか。汗が滴り始めた頃に状況は動いた。


「っ、......そこっ!」

「くっ、まじか」


 「兎来」を掻い潜り、俺の首にファルシオンを寸止めしたのはソーンだった。


「そこまぁでっ!!!」



 ソーンは肩で大きく揺らし息をしている。俺も似た様なものだが。


 わかった事がある。この身体では出せてカリアの半分以下だ。この身体で冒険者として活動するなら本腰を入れて慣れなきゃいけないな。


「はっ、はぁ。強いな、ですね。ソーンさん」

「ふぅ、カレンちゃんこそですよ。びっくりです」


 ソーンが冒険者として上澄みなのは百も承知だが、それを差し引いても模擬戦で不覚を取る事になるとはな。


 息を整えたソーンが俺を見つめ、微笑みをもって言葉を紡ぐ。


「はい。合格です!カレンちゃんがしっかりと強くて姉弟子は感心しました。流石カリアさんです!」

「お、おう。ありがとう」


 ラッテとソーンは無関係では無い。ラッテを探すにあたってソーンには声を掛けるつもりでいた。

 前と同じく行動を共に出来るならそれに越した事は無い。

 


 ソーンは良く笑う子に成長してくれた。見守ってきた1人として、とても嬉しい成長だ。


 そういや、師匠やリーダー他色々な呼び名で言われるが、ソーンって俺よりラッテに懐いて気がするな。




 ー ソーン 視点 ー




 奴隷商から助け出された私は大きな屋敷の前にいた。

 金髪の天使が言うには、此処が私達の住まいになるらしい。


「ぁ、あのっ!お姉さん。わ、わたしその帰れないの?」


 私達の誰かが天使に声を掛けた。

 帰る場所。あれから住んでいた村がどうなったかは何も聞かされていない。聞けば殴られるから。


「大丈夫。君が誰なのか。家族がいるのか。その確認が取れたら帰れるよ。取れなくても、大丈夫。この屋敷が君達の住まいになるから。ね」


 天使は膝を曲げ私達と同じ目線になり、質問を投げかけた子の頭を撫でている。


 帰らなくていいんだ。私はもう。


 視界が歪み、頬に何かが伝うのを感じる。


「大丈夫。君達は私が護るから」




⚪︎⚪︎⚪︎




 御屋敷で数日過ごしたある日、シスターさんがみんなを大きな部屋に呼び出した。

 ここ数日、私を含め殆どの子達は寝たきりだった。病気は天使、聖女様が治してくれた。でも、どうしても疲れが取れなかった子達は寝台に横になって過ごしていた。


「何かあるのかな?」

「わかんない」

「シスターさん、何をするんですか?」


「はい。皆さん。今からとても大切な方がお部屋に入ってこられます。お口は閉じて。じっと扉を見てください」


 色々と意見が飛び交う中、年配のシスターさんが穏和な声音でみんなに指示を出した。


「!!?」


 そして扉から出てきたのは茜色の髪をした年上の少女だった。

 金髪の天使様は全体的に柔らかいのに比べ、茜色のお姫様は凛とした印象を受ける。


「話しなさい」

「お久しぶりでございす。レガート・フルーク・ラ・ロア様。この様な場に居合わせる事が出来たのも一重に貴方様のおかげです」

「えぇ、受け取るわ。本題にいきましょう。"今回"あの子とカリアが助けた子って、この子達なのかしら?」

「はい。その様に聞いております」


 一言二言シスターとお話をされたお姫様は私達に振り返り声を掛けてきました。


「おはよう。よく眠れたかしら?自己紹介がまだね?私はこの国の王女よ。貴方達を救った聖女と男の子のお友達」


 お姫様は王女様だったそうです。

 そして、金髪の天使と淡い水色の男の子と友達だったのです。


「突然だけど、今から名前を呼ぶ子達は私の所に来てもらえるかしら」


 突然の事に私達は顔を見合わせますが、シスターが「大丈夫」と優しく言ってくれるので一先ず騒めきは収まりました。




⚪︎⚪︎⚪︎




「えっと、私達は何を」

「改めて、初めまして。王女のレガートよ」

「......」

「落ち着いて聞いてちょうだい。貴方達は親や知が見つからなかったわ」

「っ!!」

「ぇっ」


 その他にも幾つか声が聞こえますが、私としては「そうでしょうね」という事実です。

 もう、そこに期待はありません。


「それで、貴方達には選択肢があるの。一つ。ここに残る事。二つ。幾許かのお金は用意してあげるから、この屋敷から離れて1人で生活する事」


 いきなり何を、


「屋敷の外に出た貴方達は生きていけるのかしら」


 ......それは、無理。出来ないって知っています。


「2度も奇跡は起きない」


 あの2人が来てくれたのは、私なんかが助かるというあってはならない奇跡。


「寝台は寝やすかったかしら?朝食は美味しかった?」


 うん。前より遥かに良い寝床です。朝食はお腹いっぱいに美味しい物を食べる事が出来た。


「私はね、現状を憂いているの。悲しい事を放置してはいけないと」


 私もそう思う。けど、私には全てが足りない。


「それには、貴方達が必要なの。誰でも無いわ。苦境に立たされても前を向いた。そんな貴方達が」


 あぁ、お姫様。王女様。


「一緒に来てくれるかしら?」




 王女に駆け寄り顔を埋めた私達に、王女が浮かべた笑みの種類など知る必要は無かった。





⭐︎⭐︎⭐︎


https://kakuyomu.jp/works/16818093086358720536

意味深な顔した王女が楽しそうに出てくる外伝です。


応援やコメント、誤字脱字の指摘があれば私が泣いて喜びます。

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