033 最強のふたり
コンサートから一夜が明けた。
皆、夢覚めやらぬ心地だったが、無理からぬことだ。
昨夜、紛れもなく歴史的な瞬間に立ち会ってしまったのだから。
今だけは、雷鳴の残した耳鳴りに酔いしれてもいいだろう。
そして長く過酷な、本当の戦いが始まる・・・・。
旅の吟遊詩人はウェルフルでの任務を終え、また新たな旅に出る。
「ボルドーに戻る前に『彼等』会っておいてくれないか?」
エディ国王からハンキーへ、最後の頼みであった。
「ああ、俺も会っておきたかったし丁度いいな」
「きっと君の力になってくれるだろう。『彼等』を頼む」
官邸の応接間でハンキーがマンドリンの手入れをしていると、ドア越しの遥か遠方からでも『彼等』の存在を感じた。
ドアをノックすると、国王から紹介されたふたりが入室してきた。
「お待たせしたでござる。ハンキー殿」
凄まじい魔力だ。何よりも身のこなしのひとつひとつが、別次元の強さを容易に想像させた。
円卓の騎士でも戦闘に特化したエヴァやグル、ラッピーでも勝てるかわからない。
『彼等』とは十傑の一席と二席。つまりこのウェルフルにて、称号の上では最強のふたりだ。
「ハンキーだ、会えて嬉しいぜ」
ボサボサの長い髪を束ねた、長身の中年男がハンキーに向かって一礼した。
「こちらこそ嬉しいぞハンキー殿。ステージを見てから拙者も貴殿のファンにござる」
真黒い髪と瞳。そして独特のイントネーションに所作。
この男の出身国はハンキーもよく知るところだ。
「大ジパン帝国の出身は円卓の騎士にもいるぜ。美しい国だと聞いている」
「おお!まことにござるか!おっと申し遅れた!拙者の名はコタロウ・リュウスイでござる」
コタロウはその魔力に見合わない温和な男だった。
祖国を愛しているのだろう、この上なく嬉しそうに笑った。
「しかし、強いな。エディが会っておけと言った理由がわかるぜ」
魔王討伐に際しては、彼らは重要な戦力となるだろう。
「いくら兵器や魔法が進歩しても、必ず前線で戦う人間が必要ですからね」
そう言ったのは、歳はハンキーと同じ頃だろうか。
眼鏡を掛けた金髪の美しい女性だ。装束からして王室の警護隊だろう。
しかしコタロウにも引けを取らない魔力を感じる。
ハンキーよりも数段上の強さを持っているだろう。
「わたしはネルア・サロクイン。『十傑』の第二席です。以後お見知り置きを」
「ネルは王室警護隊の隊長にござる。拙者は王都警察の魔法指南役を務めて候」
「コタロウも警護隊に入ればいいのに。すぐに隊長格になれるのにさ」
「性に合わないでござる」
3人は顔合わせも兼ねてしばしの談笑を楽しんだ。
「申し訳ありませんハンキー。他の『十傑』は各地に散らばっているのです。アナタの話は伝えてありますよ」
「わかっているよ、忙しい所すまないな」
「皆、アナタに会いたがっていましたよ。コンサートにも来れなかったから、いつか是非観たいと」
「光栄だぜ、来年はウェルフル中を回ろうと思っているんだ。是非みんなに会いたいよ」
「それと、ポイントの件ですが・・・・」
「ああ、言いたいことはわかってるぜ。あなた方の気持ちもな」
ネルアはコタロウを一瞥すると、少し躊躇った様子を見せた。
コタロウは頷くと、ネルアに説明を促した。
「実は、彼とは一度手合わせをしたことがあるのです」
「真剣勝負ではないだろう?例の模擬戦か?」
「流石によくご存知ですね。年に一度の十傑選抜試験です。その時、現十傑と試験参加者の模擬戦が行われるのです」
「・・・・結果は?」
「結果的には私の勝ち。でも、当時五席の私と互角でした。それに・・・・皆、気づいていなかったけど・・・・思いっきり手加減されました。思えばその時から怪しいと睨むべきだったのです」
「彼の本質は誰も見抜けなかった・・・・正直、底が知れません」
「慌てなくても決着を付けるときは来るさ。それまでお互い精進しようぜ」
「ええ、やはり会えて良かったわ。ありがとうハンキー」
「それじゃ、心強い仲間にも会えたことだし、俺はボルドーに戻るぜ。ひとまずウェルフルでできることは終えたからな」
「拙者もボルドーに負けないでござるよ、必ず役に立ってみせるでござる」
「私も負けません、ステラ団長にも早く会いたいとお伝えください」
「ありがとうふたり共、一緒に戦おう」
ハンキーはふたりと固い握手を交わした。
その手には、それぞれに過酷な任務と重責が握られている。
しかし彼らは決してそれを手放すことはないだろう。
言葉などなくとも誓い合った。
「また会おう。達者でな」
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