016 旅は道連れ

「ふう、ようやく一段落ついたかねぇ」


アイダがウェルフルの曇り空を見上げながら独り言ちた。



「ただいま、アイダ」


「はいよ、おかえりハンキー」




ウェルフル東部の有力者が一堂に会したサミット終了後、

アイダとハンキーは大急ぎでダーティー・バップに戻り、その日の営業をしなければならなかった。


ハンキーが自分の演奏を待ってくれている人々を裏切ることはない。

その日も、人々はハンキーの燃え盛るようなステージに熱狂し、大盛り上がりで幕を閉じた。




次の日、ジョージを始め有力者たちとの質疑応答があった。

アイダは同席しなかった。別れが辛くなるからだ。



そして今日、各ギルドへの訪問や資産家たちとの商談を終えた。


それはつまり、旅の吟遊詩人が仮宿を離れることを意味していた。




「今しがた、リーバップでやれることは全て終えたよ」


「・・・・そうかい。ま、これが今生の別れってこともないだろう?」


「ああ・・・・・まあな。明日の早朝には立つよ、みんなによろしく伝えてくれ」


「わかってるよ。まったく忙しい3週間だったよ。寂しくなるねえ」


少しだけ震えた声でそう言うと、アイダの瞳が潤んだ。


しかしハンキーには任務がある。どんなに辛くても行かなければならない。


その夜、アイダとハンキーは閉店後に様々な話をした。


ハンキーが教えてくれた小説や音楽、異国のこと、ボルドーの王都ドノンの雄大さ。

アイダが教えてくれたリーバップの郷土料理、民謡、流行のファッション。


「ふう、明日もあるからね。もう寝るとするよ」


「そうだな・・・多分、アイダが寝てる間に行くことにするよ」


「ああ、そうしとくれ。湿っぽいのは苦手なんだ」


最後まで2人で笑い合えた。この出会いは、何かの導きなのだろうか?

そう思わずにいられないほど2人は、出会って3週間の相手に鮮烈な感情を覚えた。





「じゃあなリーバップ。そしてこの町の女神よ。俺の旅はいつかまた、平和になった世界でこの町に辿り着けるはずだ」


町の正門からしばらく歩くと、テンガロンハットを被った人影が見えた。

見紛うはずもない、女神がそこにいた。


「よう、吟遊詩人の旦那。ボディガードが必要だろう?」


「生憎、ナイトが守られることはない。守ることが使命だ」


「誰をだい?」


「世界さ」


「その中にアタシを入れておくれ」


なんとなく、こうなると思っていた。

しかし、船乗りたちから女神の加護を奪うことがどれほど罪深いか、想像に難くない。




「・・・・・・無理だ」


「は?この後に及んで何言ってんだい?」


「巻き込むことになる」


「もう巻き込んでるんだよ!まったく。それにアタシはアンタのことが・・・・」


アイダは思わず口に手を当てる。紅潮した顔が涙を光らせた。


「・・・・・わかってるよ、だからだ。これ以上踏み込んで欲しくない」





「お互い天涯孤独の身だろ?」


「アイダには家族がいるだろう」


「それでもさ・・・・・ハンキーと一緒にいたいんだ」


「それに、言ってなかったかい?アタシは強化型だよ。必ず役に立ってみせるさ」




「アイダ・・・・・」


アイダにだけは誠実でいたい。少しだけ物思いにふけり、銀のペンダントを取り出した。


「俺の使命はこれだけだった。生きる理由も、場所もこれにしか見出せなかった」


「でも、今は違う。君は絶対に俺が守る」


「君が俺の存在意義だ。一緒にいてくれ。アイダ」




「プッ」


アイダが急に吹き出して笑った。


「科学者ってのはこんなやつばっかりなのかい?それとも吟遊詩人の口説き文句なのかい?」


「・・・・一応、真面目に言ったんだがな・・・・」


「何を言われたってハンキーから離れるつもりはないよ」


まっすぐな瞳を向けて、女神の微笑みを浮かべた。




「アイダ」


「ん?なんだい?」


「俺は多分、思っている以上に抜けているところがあるんだ」


「だろうねえ。一言もないなんてありえないわよ」


「すまん、愛してる」



真っ赤な顔で笑いながら、涙をこぼすアイダは可憐な少女の様だった。


「・・・・アタシもさ」


そう言うとハンキーの胸に顔を埋めた。








「どころで、次はどうするんだい?」


「北部に行く予定だったんだがな。事情が変わった、南部の王都へ行こう」


「その後はボルドーの首都ドノンに戻ろう。そこの王立研究所が騎士団のホームだ」


「各地に散らばった他のナイトたちも電気の普及を終えれば戻ってくるはずだ」

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