009 ハンキーは

「目的?歌う事だろ?何しろ放蕩者の吟遊詩人なんだから。ろくでなしのさ」



不機嫌なままだが、話をこれ以上先延ばしにするわけにもいかなかった。


何しろ、時間がない。



「魔王との戦争に向けた準備だ」



「吟遊詩人のアンタがかい?下戸なんだから冗談はおよしよ」



「吟遊詩人の俺が、だ。勿論素面だぜ」






ハンキーは冗談は言っても嘘を付くような人間ではない。アイダはそういう人柄に惹かれているのだ。



「・・・・・そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないのかい?」



「何をだ?」



「決まってるだろ。アンタのことだよ」


「アーティファクトを持ってる吟遊詩人なんて、どう考えても普通じゃないだろう」


「戦争の準備ってのもあながち冗談に聞こえないわ」





「そうだな・・・・・その方が都合が良いだろう」



ハンキーはいつもとは違う、鋭い戦士のような眼光で話し始めた。





「このアーティファクトは知っての通り楽器で『エレキギター』と『アンプリファー』と言うんだ」



「ああ、吟遊詩人にゃお似合いだろうね」



投げやりな態度もどんどん酷くなって来るが、ハンキーは構わずに続ける。



「電気魔法で動いている」



「電気ィ?」



「俺はこの国の人間じゃない。西の大陸出身だ」


「ここから先は町長も交えたほうが話が早い」





アイダは直感的に悟った。


この男は本気で魔王を倒すつもりだ。


その為に旅をしている。



だが、そこまでだ。


アーティファクトは只の楽器だし、電気なんて魔法より魔法のようなものだ。



アイダは既に好奇心を抑えることができなかった。





「町長とは顔見知りだよ。アンタのステージも観たって話だ」



「話が早いな。いつ会える?」



先程までの不貞腐れた態度はどこへやら、目を輝かせた笑顔はやはり女神のようだ。



「今からに決まってるでしょ!大丈夫!アタシに任せときな!」



「Closed」の看板を入り口に下げると、2人で役所へ向かう。



「開店までには戻るからね。もうアンタが歌わなきゃ暴動でも起きかねないよ」



「肝に銘じるよ」






20分ほど歩くと、この町の中心に位置する役所へ辿り着いた。


2人の受付嬢が暇そうにおしゃべりをしている。



「さてと、町長に取り次いでいただけるかしら?」



「アイダさん。アポイントメントは?」



「そんなのないわよ。ただ、ハンキーが会いたがってるって伝えていただける?」



「あ!ハンキーさん?ちょっと待ってください!」



受付嬢は目の色を変えると、小走りで町長室へ入って行った。



「あのう・・・・」



残されたもうひとりが何やらもどかしそうにしている。



「サインいただけませんか?」



「勿論いいぜ」


ハンキーはファンサービスを忘れない男だ。


わかっちゃいるが、アイダは少しだけ不機嫌になった。

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