008 動き出す計画

珍しく快晴の日曜日、ハンキーは午後のカフェテラスで紅茶を飲みながら何やら物書きをしていた。



「よう、ハンキー。今日は休みかい?」


「ウチの倅、お前さんのステージをみてから吟遊詩人になるって聞かないんだよ」


「ハンキーじゃない。今度デートしましょうよ」


「ハンキーや、ウチで作ったチーズなんだ。食べておくれ」



「ありがとう。今夜はリサイタルだから暇だったら来てくれよ」


「おいおい、暇じゃなくてもみんな行くぜ。尤も抽選に当たればの話だがな」




放浪の吟遊詩人ハンキーが港町「リーバップ」に来てから2週間が経っていた。


その間、金属製の楽器ケースと妙な箱が入った革の鞄を肌身離さず持っていた。

もちろん、今この瞬間も。

これらがアーティファクトだということは町中に広まっている。



吟遊詩人ハンキーの噂は「リーバップ」を飛び出し、ウェルフル東部を巻き込むセンセーショナルな話題となっていた。

中央部や西部にまで話が伝わるのも時間の問題だろう。



ハンキーは連日ハードで素晴らしいショウをしながらも、虎視眈々と待っていた。自分の噂が広まる時を。



「ふう、そろそろ頃合いかな」





「アイダ、いるかい?」


船乗りの1人がランチを目当てに、本当のところはアイダを目当てに入店して来た。




「・・・・・なんだい?」


「おいおい、ランチの時間だろう?君の顔を見てランチを食べたいんだよ」


船乗りはいつも通りの軽口だが、アイダの様子がおかしい。ここ数日、ずっとだ。


「・・・・・ああ、すまないね。今作るよ」


笑ってはいるが、いつもの女神のような笑顔ではない。心ここに在らず、といった風だ。




「アイダ、俺は、いやこの町の人々はみんな君が好きなんだぜ」


「ああ、ありがたいよ。両親が遺したこの店を切り盛りできてるのもみんなのお陰さ」


「君の人柄と料理の腕前があってこそだ。君は笑顔が一番似合うぜ」




アイダの様子がおかしいことは、薄々町の皆が気付いていた。


夜はいつも通り訪れる人々の話を聞き、時に相談に乗り、いつもの笑顔で皆の心を癒す。

しかし、どこか無理をしているような、空元気とも感じられる印象があった。



「ご馳走様。アイダ、ハンキーは放蕩者だぜ。すぐにこの町を出て行く。どうするかはお前の自由だがな」



沈んだ表情をしていたアイダの顔が真っ赤に染まり、フライパンで船乗りの頭を小突いた。


「何言ってんだい!さあ、食べたらさっさと出て行きな」


「アイダ、忘れないでくれ。皆君が好きなんだ。酒場のチャールズも法律家のヘンリーも、花屋のジュリアも、仕立て屋のミミ婆さんもだ」


「・・・・・・ありがとよ。アタシもみんなが好きだよ」


「また来るよ。今度はフライパンは止してくれよ」


いつもの軽口に戻っているが、アイダを見つめる瞳は憂いを帯びていた。





ハンキーがダーティー・バップに戻ると、アイダは夜の仕込みを終え、ハンキーが貸した小説を読んでいた。

アイダは確実にハンキーに影響されていた。いや、町の人々もステージに立つハンキーの姿に憧れを抱き始めていたのだ。


戻って来たハンキーに気付かないほど没頭している。



夢中になっているところに申し訳ないが、そっと声を掛ける。


「アイダ、話があるんだ」


ようやくハンキーに気付いたアイダは不自然なほど驚いて仰け反った。


「な、なんだい?改まって」


「奥で話せるかい?少し、込み入った話になるんだ」


「あ、ああ。込み入った話ね。なんだい?」





「アイダは、俺の事をどう思っている?」


(おいおい、アンタから来るのかい?)


「ど、どうって、そりゃあ、最高の吟遊詩人だよ。ずっと店に居て欲しいくらいさ」


(確かにハンキーは外見も中身もいい男だけど、まだ出会って2週間だよ・・・・どうすればいいの?)


「そうか・・・・・アイダ、頼みがあるんだ」


(ああ・・・・これはもう、もう決まりだ・・・・覚悟を決めなきゃ・・・・)






「町長に会いたいんだが、取り持ってくれないか」


「うん・・・・こういうのは時間の問題じゃないよね・・・・・って、えええええ????」





頭を掻きながら、明らかに不機嫌になった態度のエイダは投げやりに言う。


「アンタならアポなしでも会えるんじゃないのかい?何しろウェルフル東部では時の人だよ」


「いや、俺は結局のところ放蕩者だ。そこまで信頼されてない」


「確かに、暗殺目的ってのも考えられるね。平和ボケしすぎか」


「すまない。どうしても必要なんだ」


「珍しいね、アンタがそこまで言うなんて」


「・・・・・そうだな。まずアイダに話すのが筋ってもんだろう」


「さっきから一体何なんだい?」


「俺がこの町に来た目的さ」

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