005 稲妻を呼ぶ男
日が傾く頃、レストラン「ダーティー・バップ」は営業を心待ちにする人々で行列ができていた。
放浪の吟遊詩人ハンキーの噂は号外が刷られるほどの反響で、ものの数時間で町中に知れ渡っていた。
「いらっしゃい!オープンするよ!船乗り連中はとことん飲んでいきなよ!」
「久しぶりだなアイダ」
「会いたかったぜ」
「いい加減、俺と結婚してくれよ」
やはり美人で気立ての良いアイダは人気があるのだろう。
口説く男が後を絶たない。船乗りが陸にいる時期は毎晩こんな調子だそうだ。
「あはは。今日の目当てはあたしじゃないだろう?」
店内は人が溢れかえっており、期待と熱気に包まれていた。
よく見ると、普段夜には来ない若い女や老人も多い。
「ダーティー・バップ」はじまって以来のことだった。
「Ladies And Gentlemen, 本日は当レストランへお越し下さりありがとうございます」
ステージに上がったハンキーが、よく通る声で店中の騒音をかき消した。
「本日の演奏を務めるハンキーです。皆さんと夜を過ごせることを嬉しく思います」
「早速ですが一曲歌います。どうぞ皆さん、お食事の手を止めずにお聞きください」
ハンキーが帽子に手を突っ込んで引っこ抜くと、その手にはマンドリンが握られている。
「おおー!」
まずはこのパフォーマンスで心を掴むのだ。そして、軽快に歌い出す。
「♫船乗りたちが歌う♫大きな拳を突き上げて♫」
この地方で船乗りに伝わる大漁を祈願する民謡だった。
レストランの中に歌声が響き渡り、騒音が一瞬で消えると、疲れ果てた船乗りたちの疲労も消えてゆく。
酒と料理が目当てだった客は、いつの間にかステージを魅入る観客となっていた。
「ありがとう。後ほどまた1曲を」
歌い終えたハンキーが一礼すると、物凄い音量の歓声が上がる。
「すげえ!噂以上だ!」
「なんか疲れが取れてないか?どうなってんだ?」
「素敵・・・・ファンになっちゃったわ・・・・」
「こいつはたまげた・・・・長生きはしてみるもんだ」
アイダも興奮した様子でステージへ上がってきた。
「みんなありがとう!放浪の吟遊詩人ハンキーでした!今夜はまだまだ歌うわよ!」
大歓声と拍手に見送られステージを降りると、緊張の糸が解けた疲労で座り込む。
「いやあ、ウケて良かったよ」
「アンタでもそんな心配するのかい?まったく今夜は凄い夜になったよ」
「少し休んだら、もう1曲いけるかい?」
「ああ、次が本番だ。みんな驚くぜ・・・」
ハンキーが不敵な笑みを浮かべる。
「これ以上驚くことがあるもんかい。でも期待しているよ」
アイダは満面の笑顔だ。素晴らしく美しい、海と太陽の女神の様だ。
「お待たせしました。放浪の吟遊詩人ハンキー、2曲目を歌います」
「待ってました!」
「ハンキー!ハンキー!」
既に興奮の坩堝と化している。
姿を現した男は先程とは雰囲気が違う、別人のようだ。
鉄のケースに包まれた楽器と妙な箱を持ったハンキーがステージに現れた。
またもや帽子から楽器を取り出すと思っていた観客は少し拍子抜けした。
が、お構いなしとばかりにケースを開く。
その楽器は6本の弦が張られているが、マンドリンともバンジョーとも違った。
客にどよめきが起こる。
「なんだありゃ?見たこともないぞ」
「妙な鞭で箱と繋ぎ始めたぜ」
「いや、ハンキーのことだから、きっとすげえことになるぜ」
チューニングを終えると、ハンキーが「それ」を搔き鳴らした。
「ギュイイイィィィン!!!!」
馬鹿でかい音が店内を地震のように揺らした。
観客はそのビリビリとした衝撃に、今まで感じたことのない高揚を引き起こした。
まるで頭の中に稲妻が落ちてきたようだった。
「それじゃ行くぜ!」
「おおおおお!!!」
屈強な船乗りたちが叫び出す。
若い娘も年寄りも興奮した様子で目を輝かせている。
後にこの夜は「渡り鳥の落雷」と呼ばれ、伝説のステージとなる。
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