⑤ 「俺はお前の事を守るから」

「そ、それじゃ……今度は俺がポーズ決めるから……」


「うん……」


 俺達は配置についた後、デッサンの準備に取り掛かった。

 一ノ瀬さんに見られながらという、公開処刑的なシチュエーションに晒されながら。


 気になると言えば気になるけど……それを無視しつつ、美咲にポーズの指示をした。


「えっと、こう?」


「うーん……バランスが悪いな。ちょっと両腕を頭の上に置いてみて」


「こうかな?」


「うん、そうそう。足は……クロスさせる感じかな」


 美咲が俺の指示通り、寝そべるようなポーズをとってくれた。

 おかげで全裸の美少女がエロっぽく寝るという構図が……いや、そんなやましい目的で指示した訳じゃなくて……下手なポーズだとデッサン映えしないというのもあるし……。


「大澤君……あなたしれっとエッチなポーズを……」


 ただ、それを見ていた一ノ瀬さんにはこう言われてしまう。

 否定できない自分がいたので、しどろもどろになってしまった。


「いや、その……」


「別にエッチでも何でもないよ。それに変なポーズで描かれても、私が面白くないし」


「美咲……」


 まさか美咲に救われるなんて……後で好きなお菓子でも奢ってあげなきゃ。


「それよりも早く描いてくれると嬉しいかな……今回は一ノ瀬さんがいるし……」


「ああ……そうだな……」


 俺もちゃっちゃっと終わらせたいので、すぐにデッサンを始めた。

 

 その合間に、俺は一ノ瀬さんの様子も確認する。

 

 彼女は無言ながら、俺達をじっと観察しているようだ。

 ただ相当恥ずかしいのか、顔真っ赤にして口元を押さえている始末。


 恥ずかしいんだったら、あんな事を言わなければよかったのに……一ノ瀬さんも物好きだ。


 そう思っている間に顔が出来上がったので、次は身体の方。

 今回は昨日と違ったポーズにしているので、そこにも気を付けなければ。


「……ンゥ……ハァ……」


 すると、美咲の奴がまた息を荒げていた。

 

 ただ昨日とは様子が違う。

 まるで悶えているかのように、クロスした両足を微かにくねらせている。


「……美咲?」


「だ、大丈夫……それよりも描いて……私の全部を描いて……」


 全部描け……。

 何か発言とか行動とかがエロくてヤバ……ハッ! マズいマズい!


 こんな事を思っていたら、一ノ瀬さんに不純異性交遊だと断定されてしまう! 

 これはそれを見極める為のものなんだから!!


 気をしっかり持て、大澤真也!


 俺は単なるしがない美術部員。

 決して、よこしまな気持ちでこういう事をしている訳じゃ……ないはず。


「……ハァ……ハァ……」


 俺が冷静さを保とうとしていると、また吐息が聞こえてくる。

 美咲の奴かと思っていたら、ソイツは口をきゅっと閉めていた。

 

 じゃあ、一体誰が……。


「……ハァハァ……すごい……すごいわ……」


 ……この声は一ノ瀬さん?

 となると吐息は彼女の?


 恐る恐る見てみると……彼女がよだれを垂らして恍惚な表情をしているじゃないか!

 しかも右手で下腹部を押さえていて……もしかしてそれって!?


「一ノ瀬さん、何やってんの!?」


「な、何って……これはその……そう生理現象よ」


「そんな現象聞いた事ないよ!? いやもう本当に中止すべきじゃないかな!?」


「いや、続けるのよ! ここまで来た以上、最後までやり遂げてほしいんだから!!」


 んな事を言われても!?


「し、真也……一ノ瀬さんの言う通りだよ」


「美咲までも!?」


「これはもう最後までやるしかないし……それになんか興奮して……」


「こ、興奮?」


「あっ、いや何でもない!! ほらっ、早く続けて!!」


 一ノ瀬さんといい美咲といい、一体どうしちゃったんだ……。

 かといって反論も出来ないので、言われた通り続けるも……、


「ンアァ…やだ……また……」


「何よこの光景……こんなの……ハァハァ……」


 2人の喘ぎ声と吐息がすごくて集中できない……。

 

 それに部室全体に、もわもわと妙な香りが漂ってくる。

 これは俺でも分かる。多分フェロモンとかそういう香り……。


 こんなものをまとも嗅いでしまったらもう……。

 

 なるべく息しないようにしよう。

 …………ああアカン、息を止めていたら死んでしまう。当たり前だけど。


「……も、もう……駄目……!」


「えっ、あっ、ちょっ」


「この件は明日に持ち込むわ! それまで部活動してもよし!」


 急に下腹部を押さえたまま、ドアの方に向かう一ノ瀬さん。

 これには俺も美咲も唖然だ。


「部活動してもいいって……それは認めてくれたって事なのか……?」


「み、認めたというか……あまりにも濡れちゃっ……ゴホン! とりあえず明日のこの時間、お互いにゆっくり話し合いましょ! いいわね!!」


 そう言って、一ノ瀬さんが逃げるように出て行った。

 なお美咲の裸がバレないよう、ドアは最小限にしか開けていない。優しい。


「……何なんだっただろう」


「きっと私と同じだったんだよ……まぁ、今回はそんなに出なかったけど」


「……それってお前……」


「口に出さないで、恥ずかしいから」


 俺の言葉をさえぎる美咲。


 それから身体にタオルを巻いてから、ソイツがおもむろに立ち上がった。

 申し訳なさそうな表情をしながら、その顔をうつむかせる。


「何か……ごめんね真也」


「えっ、何でお前が……」


「いや、私がヌードやろうって言ったばかりにこうなっちゃって……。やっぱり学校でやるのがマズかったよね……私のせいだよ……」


「…………」


 確かに、美咲がヌードを始めようと言ったのが発端だった。

 美咲のスタイル良い裸に悪戦苦闘したのも事実だし、こんなの人生において滅多にない経験だとも思っていた。

 

 だけど、それで嫌になったかというと……決してそうでもない。


「……お前が謝る事じゃないよ」


 俺が意を決してそう言えば、美咲がこちらへと向いた。


「俺はお前とヌードデッサンが出来て……ちょっと失礼だけどいい体験だったというか、悪くないと思ったんだ。そんで身体張って協力してくれたお前には、本当に感謝してもしきれないよ」


「……真也……」


「お前は悪くない。だから一ノ瀬さんに何言われようが、俺はお前の事を守るから」


 我ながら臭い事を言ったかな。

 少し後悔してしまったけど、美咲の方は徐々に微笑みを出すようになった。


「……ありがと。相変わらず真也は優しいなぁ」


「普通だよ。……なぁ、どうしてそこまでしてくれるんだ? お前が無理してやる事なんてないのに」


 昨日から思っていた疑問がどうしても気になって、俺はつい問いかけていた。

 すると美咲がキョロキョロ目を泳がして、恥ずかしそうに顔をそむける。


「し、真也だからだよ……」


「えっ……」


「こうやってモデルになるの、相手が真也だからなんだよ。他の人にはやらないよ」


「……お前……」


 ……マズいな。心臓がバクバクしている。

 しかもこれ、ヌードデッサン時の緊張さとは別だわ……。


「……と、とりあえず続きどうする?」


「ああ……明日に回そうか。今日はさすがに自粛という事で」


「うん、私もそう思った。一ノ瀬さんとの話し合い次第だね、続けるかどうか」


「……まぁな」


 俺達はデッサンを一時中断して、明日に備える事にした。

 俺達……どうなる事やら。

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