④ 「さて、説明してもらおうかしら? この不純異性交遊コンビ」

 時を遡る事、数分前。


 俺が美術部に向かえば、台座などを設置している美咲の姿があった。

 普段面倒くさがり屋な癖に、妙に気合入っているな。


「やぁ、美咲……」


「あっ、真也! ちょうど準備が終わったところなんだ。あとは脱ぐだけ」


「わ、分かった……」


 嬉しそうに「脱ぐ」を口にするとか、滅多にない光景だわ。

 それほど、アイツの方はスタンバイOKといったところか。


 俺はというとまだ緊張しているけど、もう覚悟はしている。


 美咲が身を粉にしてモデルになってるんだ。

 俺が応えないでどうするという。


「じゃあ、脱ぎますか……」


「えっ? ……あっ、ちょっとまだ!」


「もう裸見られちゃったんだし、そむける必要はないと思うんだけどな」


 俺が顔をそむける間もなく、美咲が服を脱ぎ始めたのだ。

 もう慣れたというのか!? 順応性高すぎだろ!?


 すぐにそっぽを向いたのはいいものの、今度は体温が高くなってきた。

 俺はそれを緩和すべく、上着を脱ごうとした……その時。


 ――ドンドン!


「!? 誰!?」


 ドアを叩く音がして、美咲がビクリと跳ね上がった。


 誰だろう……もしかしたら最近出てこない顧問の先生か、あるいは入部したいという1年生か。

 美咲が服を着替え直したのを確認してから、俺はドアの鍵を解除し開けた。


「はい……えっ?」


「部活中ごめんなさい。ちょっと入らせてくれないかしら?」


 腰まで届く長い黒髪に、キリっとした目つき。

 まるで氷の女王を思わせるクールビューティーな美貌に、スラリとした体形。


 彼女が誰なのかなんて、思うまでもなかった。


「一ノ瀬さん……」


 生徒会長の一ノ瀬玲花いちのせれいかさんだ。


 成績優秀、容姿端麗とまさにマドンナ的存在。

 この高校においての人気者だ。

 

 当本人も常に冷静に、慌てる事なく仕事をこなしていくので、教師からの評価が高い。


「い、一体どうしたんだ? こんなところに……」


 そんな彼女が美術部に来た事に、俺は戸惑いを隠せなかった。


 確か顧問の先生、ヌードの件を一ノ瀬さんに伝えておくって言っていたよな。

 それと関係があるのだろうか?


 考えを張り巡らす俺に対して、一ノ瀬さんが冷静さを崩さず部室へと入っていく。


「あなた達に話があってね。入らせてもらうわ」


「ああ……えっと、茶菓子の類はないけど……」


「気遣い結構よ。さて、私が言いたいのはただ1つなんだけど……あなた達、この部室内で妙な事をしていない?」


「えっ?」


 妙な事……まさかデッサンの事?


「一ノ瀬さん、顧問の先生から話聞いてない?」


「何の話? そもそも最近あなた達の顧問と話してないし」


「…………」


 顧問……ヌードの件を忘れやがったな……。

 あの人に忘れっぽいところがあるのは知っていたけど、まさか大事な事をすっぽかすとは……。


 それにこれはマズい。

 一ノ瀬さんからすれば、俺達は無断でヌードデッサンをやっているという事になる。


 美咲をチラリと見れば、それを悟ったのか顔を青ざめさせていた。


「えっと、俺達は……」


「……昨日ね。この部室を通りかかった時、どんな活動をしているのかなって耳を澄ませていたのよ」


「えっ……?」


「そうしたら全裸とかどうとか……ハッキリ聞いてなかったけど、あなた達はこの学校で卑猥な行為をしているんじゃないでしょうね?」


「……えーと……」


 マジでマズい。

 ヌードデッサンをそういう卑猥的なものだと捉えられている。

 

 昨日カーテンから見えた影、あれは一ノ瀬さんのそれだったようだ。

 幸いにも中を見られなかったようだけど、代わりに言い逃れできない言葉を聞かれてしまったらしい。


 でも……話を聞いていたなら、何でその時に突入しなかったんだろう?


「さて、説明してもらおうかしら? この不純異性交遊コンビ」


 疑問に思っている場合じゃないな。

 問題はこれをどう切り抜けるかどうか……。

 

 このままじゃ、俺達揃って処分を受ける羽目になる。

 最悪の場合、退学もありえるかもしれない。


「ふ、不純異性交遊って人聞き悪いよ! ああもう! 実は私がヌードやろうって言って、真也にそうさせたの! 私が悪いの!」


 その時、美咲が声を張り上げたのだ。

 まさか馬鹿正直に言うなんて!!


「美咲!? 何を!?」


「いいよ、元はと言えば私の発言が原因だし。それにちゃんと先生に確かめなかったのも悪いし」


 そう言って、一ノ瀬さんに向き直る美咲。


「顧問の先生にはちゃんと許可得たんだけど、その先生が話をしてなかったみたいなの。……でもやっぱりいけなかったよね。だから私の事はどうなってもいいから、真也には何もしないで! 真也は何も悪くないから!」


「い、いや、それは俺も同じだよ! 美咲は悪くない、俺にだけ罰を受けさせてほしい!」


 美咲を突き出すという真似なんて、俺には出来なかった。

 コイツは同じ釜の飯を食う間柄なのだから。


 そう心願したところ、一ノ瀬さんが黙ったまま俺達を睨んでくる。

 思わず、美咲と一緒に息を呑んでしまった。


「……大澤君、穂村さん」


「何だ……?」


 名前を呼ばれたので尋ねてみると……、


「その……ヌードってどんな感じなの……?」


「……えっ?」


 一ノ瀬さんが頬を赤らめながら、そう口にしてきた。

 

 …………どういう事なの?

 問答無用に刑を執行するんじゃないのか?


「……どうって言われても……」


「じゃ、じゃあ……不純なのかそうじゃないのか確かめたいから、私の前でやってくれる? それで見極めるつもりだから」


「「……はい?」」


 急に何を言ってきているんだ、この生徒会長さんは……。

 

 まさか実際に見る事で、俺達の証言が事実だとハッキリさせたいのか。

 いや、そんな回りくどい事をやらなくても、美咲がぶっちゃけてしまったからその必要はないはず。


「もしかして一ノ瀬さん、私達がやっているところを見たいの?」


 何気なく美咲が尋ねると、一ノ瀬さんがピクリと反応したような気がした。

 ただすぐに慌てふためき、


「み、見たい訳じゃないのよ! 私だって無闇にあなた達を処分したくないし、生徒会長として当然の行為よ!!」


「はぁ……」


「と、とにかくすぐに始めなさい! 私はここで見てるから!」


「……真也、どうする?」


「どうするも何も、言われた通りするしか……」


 何か拒否したら面倒くさくなりそうだしなぁ……。


「じゃあ……失礼します」


 ドアが閉まっている事を確認した後、美咲が改めて服を脱ぎ出した。

 俺は例の如くそっぽを向いて……、


「いやいや大澤君!! 外出なさいよ!! あるいはどっかに隠れなさいよ!!」


「ドア開けたら見られるかもしれないだろ!? それに物置は埃が酷いから……」


「だからといって……というか穂村さんのスタイルいいわね、無駄な肉がない……」


「そ、そう……ちょっと嬉しいかも……」


 こうして……何故か一ノ瀬さんの立ち合いの元、ヌードデッサンが始まる事となった。



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