6. これから急成長する生徒が分かる、と言うのはそういう意味じゃなかったんですが
大学生になってすぐに、塾の講師のアルバイトをはじめた。
元々勉強は嫌いではないし、生徒達の成長を感じられるのは楽しく、自分の性にあっていたようだ。ほぼ週5で入って約3年。いつのまにか塾でも古株になっていた。
するといつの間にか、この子はこれから伸びるなという気配を感じられるようになった。
ベテランの先生だったら普通のことなのかもしれないが、自分的には唯一、特殊能力と言えそうな能力がこれだ。
伊崎亘は、典型的な『成績が伸び悩んでいる生徒』だった。
地味だが真面目でもう少し伸び代がありそうなのだが、突き抜けることなく、成績はクラスの真ん中あたりをキープしている。
とはいえ、常に真ん中あたりにいられるというのも決して悪くはない。志望している大学も彼の成績からは妥当な所なので、特段心配もしていなかった。
しかしある日、伊崎亘と授業中に目があった瞬間、パチッと火花が飛んだような気がした。特に睨まれたりしたわけではないのだが、伊崎亘の目の色がどこかいつもと違うというか、とにかく違いを感じたのだ。
これは、遂に来たか?
よく「目の色が変わる」と言うが、確かに人はスイッチが入ったら目が変わる。
成長期というのはある日突然やってくる。その時に発する輝きといったら、自分のことではなくても思わずわくわくしてしまう。
「佐久間先生、ちょっといいですか?」
授業の終わり、珍しく伊崎が声をかけてきた。
おっと、さっそく質問か? やる気だな、いいぞいいぞーと内心テンションが上がながら、顔には出さずに応じる。
「佐久間先生は、T大ですよね」
「そうだよ」
「僕、今からT大って、やっぱ難しいでしょうか……」
ヤル気、すごく出してるー!
講師冥利につきるなと感動しながら、うつむく伊崎亘の手を強く握りしめ、断言する。
「大丈夫、伊崎くんは伸びるから! 一緒に頑張っていこう!」
「佐久間先生……はいっ!」
その日から、伊崎亘は頻繁に質問にやって来た。それがやがて限りなくマンツーマンに近い対応となり、授業の終わりに一緒にご飯を食べながらの指導となり、俺の家にやってくるように……ちょっと肩入れしすぎでいるかもしれないと感じながらも、実際に目標を高く上げた伊崎亘は必死に勉強しており、めきめきと実力を伸ばしてきたので、まあいいかと流した。
そして遂に、その日はやってきた。
「合格しました!」
「おおお伊崎やったな、おめでとう! 無事高校も卒業もしたし、晴れて大学生だな!」
「これでやっと好きな人に告白できます」
「なんだよ~それを目的にがんばってたのか。いいなぁ青春だなぁ。がんば……」
「先生、好きです!」
「ん?」
間近に見つめる目が、一瞬の火花どころか、それはもうきらめいている。
さすがに俺も、ようやく気づいた。
確かに大きく成長すると思ったけれども。
ヤル気って、そっち!?
「先生、じゃなくて、佐久間さん。僕とつきあってください!」
「……成長するって、そんな意味じゃなかったんだけどなあ」
「何つぶやいてんですか?」
なんやかんやで、大学生になった伊崎亘とは今、ほぼ一緒に暮らしている。
「いや。ほら早く大学行かないと。朝から実験でしょ?」
「やば、いってきます!」
出かけには必ずキスを求めてくるので、やれやれと応じる。
あれから伊崎亘は背も伸び、髪型やファッションも洗練されて、ずいぶんと垢抜けてきた。家事は完璧で記念日は忘れず、細やかに気遣ってくれる。年上の俺に合わせて彼氏力を日々磨いているらしい。急成長するにもほどがある。
「俺の見る目、すごすぎ?」
首をかしげながらも、こうして自分の特殊能力の精度の高さを毎日実証しているのだった。
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