4. 鏡よ鏡、世界で一番イケてるのは僕じゃないけど僕的には僕ってことで!


朝、鏡に映った自分の姿を見るだけでテンションが上がる。

これが写真だとそうでもない。客観的に見えるから? 鏡だとちょうどベストな表情作ってる? 脳の作用? 

なんでもいいや。

いずれにせよ、リアルタイムで鏡に映る自分が、我ながらかなりいい感じに見える能力が僕にはある。すばらしいことだ。



「ナルシスト」

幼馴染みの高央からの辛辣な評価をどこ吹く風と聞き流しながら、今日も鏡に向かって思い付いた新しいメイク方法を試してみる。

僕はメイクが大好き。いわゆる美容系男子ってやつだ。

自分の大好きなこの顔を、誰より自分が大事にしてあげる行為は、この上なく楽しい。


「そーだ、高央にもやってあげよっか? これ、お肌もちもちになるよ」

「忙しいから、いらね」


僕の部屋で我が物顔に寝転び、宿題をするでもなくマンガを読んでいるだけなので、ヒマそうにしか見えないのだが。

高央は、所属するサッカー部の部活のせいかずいぶんと日焼けしていた。似合っているのでそれはそれでいいが、スキンケアはしておいて損はないと思うので、しぶる高央に半ば強引にひっぱり起こす。


「ほら、こっち来て!」

「めんどい……」


そう言いつつ、なんやかんやで高央はつきあってくれる。

高央の日焼けした肌に化粧水、美容液、乳液と重ね、手のひらで馴染ませていく。すると吸い付くように馴染んできて、まるでこのままくっついて一つになるような錯覚を覚える。

満足しながら両手を高央の頬に当てていると、至近距離から見つめられ、思わずぱっと手を離した。


「終わった?」

「へ? ああ……そうだ、メイクもしていい?」

「これから部活あるから、また今度な」

「今度ならしていいんだ?」


高央は本当にいい奴だ。

僕には友達と言えそうな人が高央くらいしかいないが、その一人が彼で良かったとしみじみ思う。

僕は、小さい頃は自分は存在自体がみすぼらしい人間だと思っていた。

特に目立って良いところもなく、親からも先生からも友達からも、ダメ出しされることはあっても誉められることはまずなかった。体も小さくどんくさいと、人並みにいじめられたりもした。

そんなある日、僕は気づいた。誰かが気づいて評価して誉めてくれることなんて、僕の世界にそもそも存在しない出来事なのではないかと。存在しないものを期待して追い求めても、完全に時間の無駄だ。誰からも与えられないと決まっているものならば、全力で自作すればいいじゃないか!

正に天啓。このすばらしい能力が開花した瞬間だった。


それからはもう毎日が楽しくて仕方ない。

街中でも、ふとガラスに映った自分の姿に惚れ惚れする。

僕の大事にしている僕が、僕好みの格好をして、毎日楽しく暮らしている。これがすばらしい世界でなくてなんなんだ。

もちろん、イケてる人達はこの世にたくさん、星の数ほどいる。その人達と比較して自分がどうこうと思っているものではない。

イケてるイケてないとかではなく、ようはこれが「一番好き」なのだ。

自分が好きがどうかだけは自分自身で決められる。世の中的にどうかはさておき、自分はこの顔が一番好きになったのだから、それでいいのだ。


そんな僕は、実はクラスで今もちょっと浮いている。そこはちゃんと冷静に認識している。昔と違い、ただ遠巻きに距離をとられているだけなので特段問題はない。

一方高央は、サッカー部の副キャプテンだけあって、なかなか人気があるようだ。

当然、所属する世界の違いから距離ができそうなものだが、しかし高央は幼稚園時代から変わらず当たり前のように僕のところにやってきて、こうしてなんとなく一緒に過ごしている。なぜかは判からないが、もはや習慣化しているだけかもしれない。


「見てみて、これ可愛くない?」


考えながら手を動かし、仕上がった自分のメイクを披露する。

高央はマンガから目を上げ、チラッと見て「いんじゃね?」と評した。


「でしょー? 今回チークを工夫してみたんだ! 丸く円を描くようにこのへんにだけふわっとさせてみたんだけど、やっぱり僕にはこんな感じがいいと思わない? ちょーかわいい!」

「お前、ほんと好きだな」

「メイク? 自分? どっちも大好きだよ!」


断言すると、高央はふっと吹き出し、馬鹿にした様子ではなく、子猫を見たような顔で笑った。

僕の頭にぽんっと手を置き、立ち上がる。


「俺も嫌いじゃねーよ。じゃあ部活行ってくるわ」

「ほいほーい、いてらー」


高央が部屋を出ていった後も僕はメイクを続けようとしたが、鏡に映った自分の姿を見て立ち上がり、急いで幼馴染みの背中を追いかけた。


「ちょっと待って、待て待て高央、今のもう一回!」


一体何の高央効果か知らないが、いま僕は僕のことがこれまでで一番輝いて見えた。


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