3.物欲センサーに負けず欲しいカードが引けますが、そもそもゲームをしないので


俺はゲームのガチャで、望むカードを一枚必ず引くことができる。

偶然でしょ?とまず疑われるが、これが百発百中。一回だけ引いてもそう。これまで100%ずっとそうなのだ。

これは一部のゲーム愛好家にとっては喉から手が出るほど欲しい特殊能力のようだが、あいにく俺は特にゲームに興味がない。

実家にいる時は弟達に活用されていたが、就職して一人暮らしをはじめてからは、自分にそんな力があることさえ忘れていた。

久しぶりに思い出したのは、会社の先輩である相澤さんが昼休みにスマホを差し出し、俺に頼んできた時だった。


「木津くん。ちょっとこのボタンを押してみてくんない?」

示されたのは、とあるスマホゲームのガチャ画面だった。

「僕が引いたら、物欲センサーが働く気しかしなくてさぁ」


隣の席の相澤浩介さんは、重度のゲーマーらしい。スマホゲーにも手を出し、課金額もなかなかのものだとか。


「いいですよ。何が欲しいんですか?」

「これ。この星5のミケアちゃん!」


指差したのは猫耳の生えた女の子キャラ。はいはいと適当に画面を押す。


「……お……おおっ!? うおおおおおきたー!! 木津さまーっ!!!」


興奮のまま、相澤さんが抱きついてきた。

その時、俺は初めての一人暮らしがよほど寂しかったんだと思う。人の体温を感じることがなんだかとても嬉しくて、気まぐれに自分の特殊能力について話していた。


「……嘘でしょ?」

「ほんとですよ。一枚だけで、二枚目は来ないですけど。試しに、なんか他のも引いてみますか?」


相澤さんがやっている他のゲームのガチャ画面を開き、欲しいカードを確認して、やってみる。

出た。

もう一つやってみる。

出た。


「……神?」


相澤さんはリアルに打ち震え、俺の手を両手で固く握りしめた。

それがやはりどうにも嬉しくて、ちょっと困った。



相澤さんはこれまでただ席が隣の職場の先輩だったが、この日を機に、気がつけば休みの日にプライベートで会えるまでの関係になった。


「だから金払うって」

「いや、それはいいです。だったらコーヒーでもおごってください」


そのようなやりとりが交わされ、以来ガチャ1回につき一度、自然とデートできるようになった。我ながら見事な永久機関の構築である。いや、デートだと思っているのは俺だけだが。


職場での相澤さんは、いつも気だるげでゲームばかりやっている印象だったが、仕事を離れて色々話してみると共通点も多く、なかなか面白くてかわいい人だった。

また、ガチャで狙うカードから、相澤さんの好みのタイプを知ることもできた。ふわふわと可愛いひらひらの女の子だ。デスヨネー。


結果として、俺は相澤さんといると、とても楽しいと分かった。

でも、相澤さんにとって俺は、ただの欲しいガチャカード製造機に過ぎず、都合よく利用されているだけなんだろう。

そんなことを考えるのはお門違いだと分かってはいるが、考えはじめてしまうと、特殊能力なんて言わなきゃよかったとだんだん辛くなってきた。


ちょうど仕事にも行き詰まりを感じていたこともあって、俺は転職することを決めた。そうでもしないと、勝手な期待により自滅しそうだったのだ。永久機関が完全に裏目に出た。


物理的に距離が離れることで、相澤さんとも自然消滅するのだろう。

自宅のベッドで独りチューハイを飲みつつ、半泣きでぼんやり考えていると、玄関のチャイムが鳴った。こんな夜に誰だとドアをあけて驚いた。


「やあ、ごめん。ちょっといい?」

「相澤さん……」


相澤さんが、連絡もなしに突然自宅へ訪れるのなんて初めてで、あふれる挙動不審さと一抹の期待を必死に押さえ込みながらきいた。


「なんですか?」

「その……どうしても引いて欲しいガチャがあって……」


分かってた。分かってはいたがはっきりそう言われると想像以上にツラい!

ノックアウト寸前につき玄関先で早く終わらせようと促すも、何故か相澤さんはもたもたとしている。


「早くスマホ出してください」

「いや……あのさ。ちょっと話とかできない、かな?」

「なんの話ですか?」

「その……ひょっとして僕、木津くんを怒らせちゃったのかなと思ったりして……なんか急に距離ができたような気がしてさ。だったら謝ろうかと」

「別にそういうんじゃないので、大丈夫です」

「そ、そう? だったらまた今度、誘ってもいいかな」

「無理です」

「え……やっぱり僕、なんかやらかした?」

 

おそるおそる上目使いで見てきたりなんかして、かわいいなクソまじもう勘弁して欲しいと本気泣きしそうになりながら必死にこらえる。

これ以上もう無理だし、転職するんだからもういいやと諦め、正直にすべて打ち明けることにした。

話を終えると、逆に相澤さんが激しく慌てた。


「僕、ガチャ目的で君と会ってると思われてたの!?」

「違うんですか?」

「違うよ! ……いや、最初のきっかけは確かにそうだったけどっ。最近じゃ君と会う目的のほうが大きかったし、今だってガチャは口実で……」


しまった、と相澤さんが顔をしかめる。

まさか、本当に?

信じられない思いで慎重に確認する。


「でも、相澤さんが好きなのは、目がでかくて体は小さくてふわふわひらひらの女の子でしょ?」

「なんだそれ」

「そういうキャラばっかガチャで狙ってたじゃないですか」

「二次元と三次元は違うからね!?」

「次元とか、意味分からないです」

「これだから一般人は! とにかく、最近じゃ君に引いてもらうガチャを確保するために毎回新しいゲーム落としてたっつーの!」

「そんなの……俺に会いたかったみたいじゃないですか!」

「だからそう言ってるでしょ! それで、家にあげてガチャ引いてくれるの? くれないの? どうなの!?」


開き直りスマホをつきだす相澤さんを、荒れた息のまま信じられない思いで見つめる。

そういえば確かに、最近希望するカードのキャラはバラバラだったような気がした。事実、今画面に出ているのも大柄な男性キャラだ。ちょっとだけ俺に似た感じの……。

反射的に相澤さんの手首をつかみ、引き寄せた。


「うおっ、びっくりした」

「分かりました。じゃあ今度からガチャ一回につきキス一回。それならやります」

「へ? え、あ……」

「やりますか? どうしますか?」

「や、う……うーん、でも……あ……ハイ」


確かに合意はとった。

俺はさっさと画面を押し、ガチャの結果を見る前に、真っ赤になった相澤さんをドアの中へと引きずり込んだ。


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