2.相手のゴキゲン度がすぐに分かっちゃう俺って勝ち確?
ねぇねぇ、君の特殊能力ってなに?
もう目覚めちゃってる君も、これから目覚めちゃう君も、やっぱり特殊能力って言ったらどんなもんかちょっと気になるよね。
今日は俺の特殊能力について、特別に教えちゃいます!
別にいらないって? まあまあいざという時のご参考に。
俺の特殊能力はなんと、「相手のゴキゲン度がすぐに分かっちゃう」のです!
……え、そんなの相手の様子を見てればだいたい分かる? そんな君は、きっと俺と同じ特殊能力者に違いないね!
俺の場合は、その人の頭の上に、ゲームのHPゲージのような感じで見える。わりとよくある系の能力だと思うけど、タイムリーに上がり下がりするから、何か言って相手がテンション下がったと分かったらすぐにリカバリーできる。便利でしょ?
人の悩みの多くは人間関係というこの世の中。正しく相手のゴキゲン度が分かるのって、実は結構強いと思うんだよね。
きっと将来、夫婦円満、営業職でトップセールスなんてのも夢じゃない。俺の未来は明るいかも!
この輝かしい特殊能力を使って、大学生活を問題なくクリアするのが当面の目標なんだけど、今のところわりと上手くいってる。
たとえばそう、こんな時とか。
「ねぇ、青井ぃ。またで悪いんだけど、柊木くんへの連絡お願いできないかな? 今日の活動内容変わったんだけど、相変わらずグループチャット既読になんなくってさー」
申し訳なさそうに願い出るサークルの先輩の現在のゴキゲン度は半分以下。「全然いーっすよ!」と快く応じると、先輩のゲージはぐぐっと上がった。よしよし。
「ほんと助かる~。今度スタバおごるね」
「やったー! カスタムありでよろでーす!」
俺こと青井和馬は、所属するスパイスカレー研究サークル界隈において、柊木一矢先輩担当として名をはせている。
柊木先輩は、一言で言えばカンジヨクナイ。無愛想で強面、言葉の選び方も容赦ないので、サークルの皆からも少し距離を置かれてる。
調理室の扉を開けると、柊木先輩が一人、既にカレーの調理をはじめていた。
「柊木せんぱーい、今日の活動、調理じゃなく新規お店食べ歩きに変更っすよ~」
「あっそ、どーでもいい」
ほら、こんな感じ。
柊木先輩はなまじ顔がキツめに整っているだけに、一瞥されただけでもそこそこ迫力がある。大抵このへんでご新規さんは脱落する。
「新しく駅向こうにできたカレー屋さんに、研究しに行くらしいっす。先輩も行きますか?」
「行かない」
柊木先輩は構わず料理を継続した。
俺は早くも視界から消されたようだが、気にせずからみにいく。なぜなら今この時も、柊木先輩の頭上に表示されているゴキゲン度は意外と高めなのだ。
「今日はなに作るんすかー?」
「お前、食べ歩き行かねぇの?」
「だって俺、柊木先輩のカレー好きなんで。できたらそっち食べたいなーって」
柊木先輩のスパイスカレー愛は本物だった。日々、高みを目指してスパイスを調合し、試行錯誤を続けている。その結果産み出されるカレーは俺の好みとも見事に合致していて、俺はこれまで先輩が作ったもの以上に好きだと思えるカレーに出会えていない。先輩の特殊能力は、スパイスカレーを作ることなのかもしれない。
部屋中に漂うスパイスの香りを堪能する。クローブ、クミン、カルダモン。シナモン、ローレル、コリアンダー。
それに囲まれる先輩は、なんだか孤高の料理人という感じ。黙っていれば普通にイケてる。愛想良くさえすればモテるんだろうなこの人。
「あ、先輩。パクチーそえましょ、パクチーパクチー!」
「そこにあんだろ」
完成した様子をうかがい、勝手に自分の分の皿も用意する。大丈夫。先輩のゴキゲン度は下がってない。
「いっただきまーす!」
先輩のカレーは、そえられた豊富なつけあわせによって味変もできるので、いくらでもいける。夢中で一皿目を食べ、当然おかわり。自分でたっぷりよそって席に戻ると、カルダモンチャイが置かれていた。先輩から無言で促されるまま口をつけると、これまた爽やかでびっくりするほど美味しかった。
「うんま! これやばい! 先輩、まじ店やればいいのに」
「そのつもりだっつーの」
「まじっすか!?」
そこまで本気でカレーと向き合っているとは知らなかった。思わず興奮する。
「やべー、いけますよそれ! すげー美味しいもん。百名店狙えるのでは? 俺ぜったい通うっす!」
「お前さ。人の顔色みんの止めろよ」
「え?」
「別にそんな気ぃ使わなくていいから」
いつも通りのそっけない柊木先輩の言葉に、俺は頭が真っ白になった。
必死に「……んなことないっすよー、ははは」などと笑ってごまかしながら皿を片付け、足早に立ち去る。
廊下を過ぎて人のいない階段までやってきた。数段降りて立ち止まり、その場に小さくしゃがみこむ。
ばれてた。
しかも、よりによって柊木先輩に見透かされていたなんて。恥ずかしすぎてもう顔向けできない。
そう、俺は薄っぺらくて人の顔色ばかりうかがっている、ただの小心者なのだ。
うちは、普通の家庭だった。普通に父親は仕事が忙しく、大抵いつも疲れて機嫌が悪かった。母親は気分の波が激しく、うっかり見誤ると痛い目をみるので失敗できなかった。
一人息子の俺は、ムードメーカーとしていつも明るくふるまいながら、親の顔色に細心の注意を払い続ける子どもだった。
忙しい両親の機嫌をとろうと、家事も積極的に手伝った。比較的自信があるメニューがカレー。得意料理だと自負していた。
しかし、初めて柊木先輩のカレーを食べた時、まったく違って衝撃を受けた。こんなにクセの強い色んなスパイスが混ざっているにも関わらず、それぞれが個性を出したまま彩り豊かで味わい深い一皿になるのかと、カレーの中の世界に解放感さえ味わった。
そのうち、それを作った先輩のことも気になりはじめた。
正直、最初はもっと大人になって上手くやればいいのにと思った。
でも先輩はいつもあの調子で、人からどう思われようが自分のやりたいことを日々やり、彼のゴキゲン度はいつも高く保たれていた。
ああ、これもアリなんだと目からウロコが落ちた。悪いことをしなければ、こんな風に自分で勝手に機嫌良く生きても別にいいんだ、と。
先輩のカレーに感動したのは嘘ではない。それに関して、顔色をうかがって変えたことなんて一度もない。それに、そもそも好かれたい相手の顔色をうかがって何が悪いというのか。
俺がどれほど先輩のカレーが……先輩が好きかなんて、全く分かっていない!
だんだん腹がたってきた。
「……んだよ、柊木先輩のカレーばか! 歩く鈍感力!」
「言えんじゃん」
「はひっ!?!?」
来たほうを振り返ると、柊木先輩が階段の上から悠然とした様子でこちらを見下ろしていた。
たった今、後輩から悪し様に罵られた筈なのに、先輩のゴキゲン度は謎に高まっている。理解不能すぎて、思わず尋ねた。
「先輩……なんでそんなにゴキゲンなんすか?」
「元々お前のこと嫌いじゃないしな。そうやって楽にそのまま気持ち口に出してたほうがいいぜ」
「へっ?」
「お前、すごい旨そうに食うし。一緒にいて楽しいと思ってんだけど」
そういえば、相手がゴキゲンかどうかは常に探ってきたが、なぜゴキゲンなのかまで深くは考えてこなかった。
え? え? つまりなに? ただ俺といるのが楽しくて、だからいつも先輩はゴキゲンだったし、今も追いかけてきてくれたってことー!?
「俺が歩く鈍感力なら、お前はちぢこまってる鈍感力だな」
珍しく先輩が笑う。急に雰囲気がやわらかくなって、ギャップがやばい。もうとてもゲージなんて見ている余裕がない。
「先輩、すき、抱いて……」
「即オチかよ」
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