しょーもない特殊能力をもってしまいました。

@nekototorl

1,予約配信の内容が先に見えるとか、なんか意味ある?


休みの時、何してる?ときかれると、とても困る。

毎日仕事と最低限の生活でいっぱいいっぱいで、帰宅後や休みの日にすることと言えば、寝転がってだらだら動画を見ているくらいのものだ。


動画だって、興味があるジャンルの情報を集めたり、意識高いやつを見て毎日勉強とかすれば変わってくるのだろうが、ただオススメにあがってくる目についたものを眺めているだけで、趣味というのもはばかられるレベルだ。


ただ唯一、家が近所で高校時代まで仲が良かった同級生、矢崎新が配信している動画『新NEWちゃんねる!』だけは、更新されれば必ず見ていた。なぜかと言うと、俺が昔こいつをちょっとだけ好きだったから。もちろん誰にも言ってない。俺がいた頃のあのど田舎で、同性を好きだなんて言ったら、それはもう想像するだけで面倒この上なかった。


『新NEWちゃんねる!』は、配信者『シン』が、タイトルの通り色々新しいことをしてみたり、色んな所に侵入してみたりするチャンネルだった。ちなみに矢崎新は「やざきしん」でなく「やざきあらた」だ。誰にも言わないが、ただ心の中で誰に対してか分からない謎マウントをとったりしている。


そんなことをしている内に、動画を見すぎていた俺は、特別な能力に目覚めてしまったらしい。

それは「予約配信として設定された動画の内容が、予約日より前に見える」こと。

最初、自分のPCやアカウントで何かバグが生じているのかと思い、色々確認してみた。しかし確かに自分の目にだけ、これから配信されるよう予約された動画が先に見えてしまうのだ。


……で?


本当にしょーもない。

そんなの、予約日が来れば誰だって見られるのだから、ほんの少し早く分かったところで、だから何?である。せめて人の心が読めるとか、前世の記憶に目覚めるとか、そっちのほうがまだ面白い展開がのぞめそうなのに、貴重な特殊能力までくだらないとか、ほんとなにこの溢れるモブ感。

というわけで、何一つ日々が変わることなく、細々とサラリーマン生活をおくっていた。

ついさっきまでは。


『今回は、自殺の方法を実際にいくつか試してみることにしました! イエーイ! もちろん試すだけ! ちゃんと気を付けるよ! 準備もあるので、本編はこの動画の後にライブ配信するから、みんな見てね!』


「は?」


それはいつもの『新NEWちゃんねる!』動画の、まだ公開されていない、俺だけに見えてしまっている予約配信だった。


「何言ってんだこいつ」


冗談の域を超えている、と思う。本人は何も思わないのだろうか。

その動画の公開予定日として表示されているのは、明後日の日時だった。


「まさか……まさかな?」


いつもの通りに出勤するが、どうにも気になって仕事が手につかない。

知ってしまうのがこんなにしんどいことだなんて知らなかった。もし本当にまさかのまさかとなれば、知っていたのにと罪悪感がハンパなくないか?

仕事のスケジュールを確認すると至急案件はなく、有給休暇は特に使う予定もなく貯まりに貯まっていた。

しばらく悶々とした後、俺は思いきって部長に休暇取得の相談をもちかけた。




田舎に戻るのは何年ぶりだろう。

上京以来、一度も帰っていなかった故郷は以前とほぼ変わりなく、空気まで止まってる気がした。

とりあえず実家に顔を出して荷物を置いた後、口実として買ってきた土産の東京バナナを手に、数件先の矢崎の家へと向かう。

矢崎は、ずっと地元に残っている数少ない同級生だった。


「友成!? うっわ久しぶり! 帰ってたのかよ!」


玄関先で再会した矢崎もこの町と同様、高校時代とほとんど変わっていなかった。ヤバイな、と思った。昔の気持ちを思い出してしまう的な意味で。


「さっき帰省してきたとこ。これお土産」

「さんきゅー! 俺これ好きなんだよね~」

知ってる。だから買ってきた。

「いそぎ?」

「いや」

「よかった! じゃあ入れよ」

「おじゃましまーす」


数年ぶりの突然の訪問にも関わらず、矢崎は昔と同じように家に招き入れてくれた。間取りも、どこが誰の部屋かも、全部知っている。


「そうだ、ばーちゃん寝てる? 挨拶しようかなと」

「や、ばーちゃん去年亡くなったから、もういないよ」

「……そっか」


矢崎の家には高齢の祖母がいて、ずっと介護をしていた。変わらないようでも少しずつ変化はあったのだ。

ちゃぶ台兼こたつの、決まった場所に陣取った。

俺は、東京バナナにかぶりつく矢崎を眺めて満足した。


「友成、東京どう? 立派な会社に就職したんだろ」


だいたいいつも会話をつくってくれるのは矢崎だった。


「ぶっちゃけしんどい。毎日辞めたい。日々心を無にしてる」

「ははは、それでも仕事続けてるの、偉いな!」


矢崎はよく人の良いところを見つけては、言葉にして誉めてくれた。嬉しかった。

しかし、問題はそこではない。

どうやって肝心の話にもっていこうか迷っていると、向こうから近況を話し始めてくれた。


「俺さ、最近動画配信とかやってて」

知ってる。

「これでも、まあまあ見てもらったりしてさ」

俺も見てる。毎日。

矢崎は妙にテンション高く話しを続けた。

「そうだ、俺プチ整形もしたんだぜ。それ動画で流したらなかなか評判よくてさ。どう? かっこよくなった?」

「ああ」

でも、元々かっこよかったよ。

「面白いかなって、ばかなお金の使い方をしてみたりもしてさ……でもなんか最近、いい感じにやれなくなっちゃって」


いつも基本的にポジティブでやさしい矢崎が弱音を吐くのは、珍しいことだった。

俺は黙って話をきいた。

 

「……最初は、新しいことがしたかったんだよね。なにか変えたくて。でもやってみて分かった。俺、中身からっぽなんだよ。人がどうしてほしいのか分からなくなって、何していいか分からなくなったっていうか……」


『新NEWちゃんねる!』を思い出す。

動画の中の矢崎は、いつもとても楽しそうにふるまっていた。

でも昔から矢崎は、本当に楽しい時あんな風におおげさに表現しない。本当に楽しい時は、少しはにかんで、小さく変な声で笑うのだ。

画面越しに、矢崎もしんどいのかもしれないと思った。

矢崎は、人のためにばかり動く。

祖母の介護もそう。人のことをよく見て気づいて誉めてくれるのもそう。

動画だって、見てくれる皆を楽しませようと、必死に期待に応え続ける様子が伝わってきた。

そんなものが重なり続けたら、いつかキャパシティーを超えてしまう。

やはり今日来て良かった。

こいつは弱って、今にも壊れかけてる。


「……ははっ、すごい自分のこと語っちゃった。ごめん。最近近くに誰もいなくて、たまってたのかも。友成いつも黙って話きいてくれるから、つい甘えちゃった」


俺に気遣い、矢崎は笑ってごまかした。それでも見つめ続けていると、一瞬目を潤ませ、息を吐いて、矢崎はうつむいた。


「お前、昔からすごいよな。人のこと気にしないっていうか、揺るぎない自分をもっててさ。いいな、って。ぶっちゃけ憧れてたよ」

「それ、別れの挨拶?」

「え……」

「そんな風に聞こえた」

「いや、そんな……」


いつも座っていた場所から、一歩分、近くに身を進める。


「矢崎さ。新しいことやりたかったんだろ? まだ、やってないことあるじゃん」

「えっ、なに?」

「お前、男とつきあったことないだろ? 告白とかもないよな?」

「は!? な、ない、けど」

昔から、ひょっとしたらと思いつつ、願望かもしれないと打ち消してきた。しかし、赤面し動揺する様子に確信する。

矢崎、お前俺のこと好きだろ?

「初体験おめでとう。思う存分、楽しんでくれ」

「え? は?」

俺は大きく息を吸い込み、ど田舎の中心で愛を叫んだ。




「今度の新しい動画、もう配信予約もしたから、楽しみにしておけよ!」

画面通話で矢崎が言う新しい動画の内容が何か、俺は例の特殊能力により既に知っている。あろうことか、遠距離恋愛カップル動画だ。

それを全世界に向けて発信しようとは、何よりお前の平穏な田舎生活は大丈夫なのかと心配になるがしかし、逆に変に隠して噂の種になるよりオープンにしてしまったほうがそんなもんかと受け入れられるのかもしれない。

世の中は忙しく、とあるバカップルのラブラブぶりになど、一瞬爆発しろと思うくらいでさほど関心はないものだ。

それに、と画面越しに元気そうな相手を見て安心する。

矢崎がシシシッと変な声をあげ、はにかんで笑う。なんかもう、それだけでいい気がした。

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