「姫香、私ね婚約することになったの」


「えっ!? 嘘!? 美梨が婚約!?」


 姫香は腰を抜かさんばかりに驚いている。


「三田ホールディングスの御曹司だよ。今は三田銀行に勤務し次期代表取締役社長、将来的には三田ホールディングスの会長よ」


「ま、まじで? 超玉の輿じゃない。幼稚舎から大学まである学校法人桃華学園も凄いけどさ、その遥か雲の上の人種」


 確かに旧三田財閥の創業家、三田ホールディングスは雲の上の人種だが、姫香のリアクションは大袈裟すぎる。


「だから今日の合コンでは言わないでね。あくまでも人数合わせなんだから。それに正式な婚約もまだだしね」


「わかってるよ。もう未来が約束されているのなら、結婚前に青春を謳歌しないとね。美梨はさ、本当の恋をまだ知らないでしょう。本気で好きになった人と真剣交際だってしたことないんじゃない? その婚約者のために真っさらな体のままで嫁ぐんだ。なーんか決められた政略結婚って堅苦しくない? 恋をしてエッチも好きなだけして、真っさらな振りをして結婚しちゃえば?」


「そんなことして意味あるの? エッチなんて性欲を満たすための行為に過ぎないわ。男を満たすために女はいるわけじゃない」


「バカね、それだけじゃないよ。エッチは心を満たすための行為だよ。男の欲望を満たすためだなんて、美梨の考えは古すぎる」


「心を満たす行為……?」


「そうだよ、好きな人との行為は心も体も満たされるのよ」


 姫香は幸せそうに笑みを浮かべた。首筋には赤い刻印。昨夜公平につけられたキスマークに違いない。


 女性は男性の所有物じゃない。

 そんなことは結婚してからすればいい。


 御曹司と結婚すれば、美梨はその人に買われたも同然。一生その男性と愛のない性行為をして、その人の子供を生む。


 (その先に……。

 心が満たされるほどの幸せがあるのだろうか。体が震えるほどの幸福があるのだろうか……。でももう決まったことだ。)


 たとえ心も体も満たされなくても……。

 美梨は幸せを演じ続けるしかないと思っていた。

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