ノンステップ・シスター
朝、登校し下駄箱で靴を履き替えていると亜衣と美玲が来たのが見えた。目が合い、向こうも私に気づいた。
挨拶したほうがいいのかな、と迷いつつ目を泳がせていると亜衣がふっと笑って私に声をかけた。
「桜来、おはよう」
「お、おはよう……。亜衣、美玲」
「おはよう。桜来ちゃん」
ぎこちない挨拶で少し恥ずかしくなり、背中がムズムズする。しかし、嫌な感じではない。
美玲とはクラスが違うので途中で別れ、亜衣と教室に入った。
ふと、先日のことを思い出す。美玲と天崎さんが姉妹だったというのには驚いた。二人とも長いストレートの髪は同じだが、目元の雰囲気などはあまり似てない気がする。それに、会話もどこかぎこちなかった。
――――――
「美玲!?」
「お、お姉ちゃん!?」
永野さんと明雪さんの後ろから追いついてきた天崎さんは、美玲を見て驚いた反応をした。そして美玲の言葉に、私たちも驚かされた。
「伊織ちゃん、妹いたのか」
永野さんも知らなかったようで、二人を見比べている。天崎さんの方が少し背が小さいので、並んでも姉妹には見えづらいだろう。
「あ、はい……。えっと、久しぶり」
「う、うん……。お姉ちゃん、この辺りに住んでたんだね」
二人の間には何か気まずそうな空気があって、とても家族の会話には聞こえない。
「じゃあ、無事宮下さんも帰ってきたし帰りますか……。美玲、またね」
「あ、お姉ちゃん……!」
「……お父さんたちに、よろしく言っといて」
そのまま天崎さんは行ってしまって、私も永愛が眠そうにしていたのでそれ以上は話さず帰ってしまった。
――――――
「桜来、どうかした?」
ついぼんやりしてしまっていたようで、亜衣が不思議そうに私を見ている。
「あ、うん。その……美玲のことで」
急に話しかけられて、つい考えていたことをそのまま言ってしまう。
「美玲?」
「この間、天崎さん……、美玲のお姉さんに会ったでしょ? そのときの雰囲気が、何か変だったなって」
言ってしまった手前、流れで聞いてみた。亜衣は少し考え込んでから口を開いた。
「確かに、違和感はあった。私は美玲とは中学からの付き合いで、姉がいるのは知っていたが会うのは初めてだったからな……」
「そっか……」
「桜来も妹がいるから、気になるのか?」
「そう、なのかも」
「明雪さん……。どうも」
お昼過ぎ、バイト先のコンビニに天崎さんが訪れた。いつも通りお菓子とカップ麺をいくつか購入している。
「天崎さん、いい加減ちゃんとしたもの食べないと身体に良くないよ?」
「……最近は染谷さんがたまにお弁当持たせてくるから、大丈夫ですよ」
他愛のない雑談。しかし、私はどこかで先日の天崎さんの妹さん……美玲ちゃんとのやり取りを思い出していた。あの場にいた誰もが不自然さを感じていたはずだが、何も聞けていない。家族の話だし、難しい問題なのかもと考えてしまい聞きづらいのだ。
「あ、あの。天崎さん」
「はい?」
やっぱりどうしても気になってしまい、声をかけた。
「えっと……妹さんと、何かあった?」
どう聞けばいいか分からず、抽象的な質問をしてしまう。天崎さんもよく分かってない様子だ。
「別に、何もないですよ」
そうだよな。この聞き方じゃあそう答えられてしまう。
「えーっと……。あ、私、あとちょっとで上がるから、待っててもらえるかな?」
「え、何でですか」
あまりに唐突な提案に天崎さんは怪訝な反応をした。当たり前だ。普段は顔を合わせても挨拶だけする程度の仲なんだから。
「ご、ごめん……。急に変なこと言って」
お節介なことをしている自分が恥ずかしくなってしまう。そんな空回りする私を見かねてか、天崎さんは仕方ないという風にため息をついた。
「はぁ……。分かりました。待ちますよ」
――――――
「ごめんね。お待たせ」
「いえ。それで、何の用ですか?」
天崎さんはさっさと歩きながら要件を聞いてくる。引き止めたはいいけど、結局どう切り出せばいいかは分からないままだ。
「……妹のことですか?」
痺れを切らしたのか、天崎さんが先手を打った。
「え、いや、えーっと……ま、まあ、そうかな」
「さっきも言いましたけど、何も無いですよ。久しぶりだったからぎこちなかっただけです」
天崎さんは私の感情を先読みして話してくる。そう言われたら何も言えないけれど、本当にそれだけだろうかとも思ってしまう。
「お、珍しい組み合わせだ」
「あ、葉月さん」
家の近くまで来ると、葉月さんと居合わせた。どこかで買い物をしていたのか、紙袋を持っている。
私が話をしたくて引き止めたことを説明すると、葉月さんは納得した。
「だから、大家さんも気にしなくていいですよ」
天崎さんの言葉を聞いて、葉月さんは少し迷うようにゆっくり口を開いた。
「答えたくなかったらいいんだけど……伊織ちゃん、もしかして妹ちゃんのこと苦手?」
葉月さんが聞くと、天崎さんの表情が突然険しくなった。
「……そんな事無いですよ。美玲のことは、大切に思ってます」
その言葉の力強さはとても嘘には聞こえなくて、余計に以前のやり取りの不自然さが際立った。
「じゃあ、何で……」
思わず声が漏れてしまい、慌てて口を塞いだ。しかし天崎さんは聞き逃してなくて、私を一瞬睨んだ。しかしすぐ目を逸らし、俯いた。
「明雪さんには、関係ないじゃないですか……。大家さんは相変わらずですけど、明雪さんも大概、お節介ですよね」
「お、お節介……!?」
本当にそう思われていたとは、かなりショックだ。
「……すみません。言葉が悪かったです。でも、ああするのが美玲のためなので……。これ以上、言うことは無いです」
依然としてモヤモヤする気持ちは変わらないまま、立ち去る天崎さんの背中に何か言いたかったが、何と言えばいいか分からない。
「天崎さん」
突然、後ろから声が聞こえ振り向くと、いつの間にか桜来ちゃんと永愛ちゃんが立っていた。
「宮下さん? どうかしました?」
桜来ちゃんは私と葉月さんには見向きもせず追い越すと、天崎さんの前に立った。その目は初めて私と会ったときと同じ、冷たい目だった。
「桜来、途中まで一緒に帰らないか?」
放課後、帰る支度をしていると亜衣に声をかけられた。同意して私が慌てて荷物をまとめていると、亜衣は目を細めて笑った。
「な、何?」
「いや、桜来は面白いなと思って」
「どこが……。仕方ないでしょ。と、友達と一緒に帰るなんて、今まで全然無かったんだから」
恥ずかしくて赤くなる顔を隠したくて、亜衣より先に教室を出る。亜衣も後ろから追いついてきて、美玲とも合流し三人で歩いた。
「あ……。私、永愛……妹を迎えに行って帰るけど、二人とも大丈夫?」
以前、その事を別のクラスメイトに話したらおかしいと思われた。亜衣も美玲もそんな風には思わないでくれると信じたいが、つい遠慮がちな聞き方をしてしまう。しかし、二人とも快く了承してくれた。
「もちろん。むしろ私たちがいて怖がらせないか?」
「ありがとう……。大丈夫だと思う」
「妹さん、永愛ちゃんっていうんだね。……仲良しでいいな」
美玲が呟いた一言が、思わず響く。やっぱり、天崎さんとあまり仲良くないのだろうか。
私と亜衣が黙ったので美玲も自分の発言に気づいたのか、慌てて両手を振った。
「ご、ごめんね。変なこと言って。あ、あそこの小学校?」
気づくと小学校の近くまで着いていて、話が途切れてしまった。
「桜来ちゃん、こんにちは。今日もご苦労さま」
「こんにちは。永愛、います?」
「ええ。お友達、出来たみたいよ。……あら、桜来ちゃんもお友達連れてきたの?」
先生は私の後ろにいる亜衣と美玲を見てそう言った。
「はい。桜来と同じクラスの黒崎亜衣です」
「わ、私はクラス違うんですけど……。桜来ちゃんと仲良くさせてもらってます。天崎美玲です」
先生に暖かい目を向けられるのが恥ずかしく、私は足早に教室に入った。中を見ると、永愛は誰かと遊んでいるようだ。私に気づくと小走りで寄ってきた。
「永愛、お待たせ」
後ろから永愛と遊んでいた子も来て、私にお辞儀をした。
「はじめまして。北村皐月です。とあちゃんのおねえさんですか?」
「うん。私は宮下桜来。永愛と遊んでくれてありがとね」
永愛は今まで私と同じく転校が多く、コミュニケーションが得意じゃないこともあり仲のいい同級生などは見かけなかった。けれど、この子は永愛と気が合うらしい。
「じゃあ、帰ろうか。……永愛?」
手を引こうとしたが、永愛は立ち止まって動こうとしない。身をかがめて目を合わせてみる。
「永愛、どうしたの?」
「…………」
永愛は皐月のほうをじっと見ている。教室を見渡してみると、永愛と皐月以外は上級生の姿しか無いようだ。永愛が帰ってしまうと、皐月は迎えが来るまで一人になるだろう。
「……まだ、遊びたい?」
聞いてみると、永愛はゆっくりと首を縦に振った。
「分かった。先生、もう少しだけ、いいですか?」
「もちろん。皐月ちゃんのご両親ももうすぐ来るはずだから、大丈夫よ」
「ありがとうございます。あ、永野さんに連絡しとかないと……」
「なら、私のを使えばいい」
先生に電話を借りようとすると、亜衣がポケットから携帯を差し出してくれた。
「亜衣、ありがとう」
永野さんに遅くなることを連絡すると、家ではなくどこか外にいるのか、電話口の向こうから話し声が聞こえた。
「永野さん、桜来です。亜衣の携帯を借りてて……」
『ああ、そうなのか。どうした?』
「永愛を迎えに来たんですけど、まだ遊びたいみたいで。ちょっと遅くなります」
『分かった。綾乃ちゃんにも伝えておく』
別に明雪さんには言わなくていいんだけど。と思うが夕飯の時間がずれるかもしれないから仕方ないか。
『……あ、桜来って好きな色とかある?』
唐突な質問に困惑する。好きな色。あまり考えたことが無いが……。
「え? うーん……。水色、ですかね」
ふと目に入った永愛の付けているリボンが水色だったし、思えば私のヘアピンも水色だ。
『そうか。分かった。じゃあ気をつけて帰ってこいよ』
永野さんはそう言い残し電話を切った。何の意図があって聞いてきたのか分からないが、考えても仕方ない。
――――――
「だるまさんがー……ころんだ!」
永愛と皐月が校庭で遊んでいるのを、私たちは座って見ていた。二人でだるまさんがころんだをしているが、オニ役の永愛ではなく動く皐月が声を出してそれに合わせて永愛が振り向くという少し変わったやり方をしている。
「だるまさんがころんだ!」
「……っ!」
「まてー! とあちゃーん!」
あと少しで皐月の手が永愛に触れるという頃、永愛がダッと走り出して、結局ただの追いかけっこになっていた。
「永愛ちゃんと皐月ちゃん、楽しそうだね」
美玲がにこやかに二人を見ている。その横顔を見ながら、私はさっきの美玲の発言を思い出していた。お姉さん……天崎さんと、あまり仲良くないんじゃないかと。
私が聞くか迷っていると、亜衣が先に口を開いた。
「美玲、お姉さんとは上手くいってないのか?」
「えっ……?」
急な質問に、美玲は驚いた顔をした。私も気になって、美玲のほうを見てしまう。
「私も、気になってた……。ごめん、話したくなかったら聞かないけど」
「……ううん。大丈夫。そう、だよね。心配させちゃうよね。……桜来ちゃんは、お姉ちゃんと同じアパートに住んでるんだよね? お姉ちゃん、元気にしてる?」
「私もあんまり関わらないから……。でもまあ、元気ではあるんじゃないかな」
少し前から住んでいるらしいけど、永野さんを含めあまり他の人と交流しているイメージが無いので特に印象が無い。
「そっか。良かった……。お姉ちゃん、家にいた時はあんまり元気無さそうだったから」
「お姉さん……伊織さん、だったか。私は会ったこと無かったが、中学の頃はまだ家にいたのか?」
「えっと、私が二年生になるとき……お姉ちゃんが大学生になるときに引っ越したから、まだ亜衣ちゃんに会う前かな」
話の流れから、亜衣と美玲は中二からの付き合いなんだと察した。
「ていうか、家であんまり元気無さそうだったって……?」
気になって聞いてみると、美玲は俯いて黙ってしまった。私はまずいことを聞いたと思い、慌てて言葉を取り消す。
「ご、ごめん。変なこと聞いた」
「ううん……。私こそ、ごめんね。桜来ちゃん。私のせいなの。お姉ちゃんが家を出ていったのは」
そうして美玲は、自分の家庭の事情、天崎さんとの関係について話した。
「桜来ちゃん……?」
私が声をかけても、桜来ちゃんは天崎さんを睨んだままだった。天崎さんは気まずいのか、目を合わせようとしない。永愛ちゃんは桜来ちゃんから発せられる空気が怖いのか、いつの間にか私の方に捕まっていた。
葉月さんが危険な空気を察したのか、桜来ちゃんの肩に触れようとした瞬間、桜来ちゃんが声を出した。
「天崎さん……見損ないました」
「え、え……?」
桜来ちゃんの冷たい声が、アパートの入口で響いた。天崎さんは尚も意味が分からないという顔だ。
「美玲は、家族なんじゃないですか……? それなのに……」
「み、宮下さん……? あの、何の話をしてるんですか?」
私たちも含め、天崎さんも困惑している。
「桜来、何だか知らないがとりあえず落ち着け。伊織ちゃんも困ってるだろ」
葉月さんが止めると、桜来ちゃんはまだ何か言いたそうだったが振り返って永愛ちゃんの手を引いた。
「すみません……今日の夕飯は、二人にさせてください」
桜来ちゃんはそれだけ言い残すと、私の返答を待たず部屋に行ってしまった。
――――――
「桜来ちゃん、どうしたんでしょう……?」
結局、葉月さんと二人で夕飯を食べることになった。桜来ちゃんの部屋にご飯を届けには行ったのだが、特に会話は出来なかった。
「そうだな。最近、綾乃ちゃんのおかげもあって大人のことも少しは信用するようになったと思ってたんだが……」
「私のおかげって、そんな大袈裟な……」
しかし確かに、出会った頃の桜来ちゃんはかなり警戒心が強かった。永愛ちゃんのことで誤解があったとはいえ、そもそも他にこのアパートに住んでいる風花さんや香里ちゃんともあまり仲良くしている様子は無い。
「……どうして、桜来ちゃんは大人を信用しないんですか……?」
それに、二人の親はどうしていないのだろう。私は、桜来ちゃんと永愛ちゃんについて、何も知らない。
「…………」
葉月さんは何も答えず目線を逸らした。知っているんだ。それを私に言っていいか考えている。
「す、すみません。出しゃばったこと聞いて。食器、片付けちゃいますね」
「あ、ああ」
慌てて食器を下げていると、インターホンが鳴る音が聞こえた。下のオートロックの音とは違うから、玄関に誰か来ているらしい。
桜来ちゃんが食器を持ってきたのかなと思いつつモニターを見ると、意外な人物が立っていた。
「天崎さん……?」
――――――
「すみません、遅くに……」
「……綾乃ちゃんに用事か? それなら私は出てるよ」
葉月さんが玄関に向かったが、天崎さんはそれを制した。
「いえ、大家さんもいてくれて構わないです……。というか、出来ればお二人に話したいので」
「……そうか」
葉月さんは開きかけたドアを閉じ、少し躊躇してから戻ってきた。
天崎さんにお茶を出し、向かいに座った。天崎さんはお礼を言ってからお茶を一口飲み、深呼吸をした。
「あの、相談したいことがありまして」
「相談?」
「はい。妹の……美玲のことで」
やっぱり、と思った。桜来ちゃんはきっと美玲ちゃんから何か聞いて、天崎さんにああ言ったのだろう。それが桜来ちゃんが大人を信用出来ない理由に繋がるなら、私も知りたい。
「……何で今更? 伊織ちゃん、さっきは何も無いって言ってだろ?」
「そう、ですよね……。都合のいい話だって自分でも思うんですけど、さっき宮下さんにああ言われて、ちょっと分からなくなってしまって……」
「そんな、都合がいいなんて思わないよ。私も何か力になれるなら、聞かせてほしい」
「ああ。悪かった。私も協力はしたいよ」
「……ありがとうございます」
天崎さんはまた深呼吸をしてから、話し出した。
「私と美玲は……血が繋がってないんです」
あまりの衝撃に、何も言えなくなってしまった。葉月さんも目を見開いている。
「……再婚、ってことか?」
「はい。私が十歳で……美玲は五歳のときに、私の父と美玲の母親が」
「そうだったんだ……」
確かに、それは話しづらいだろう。無理に聞き出そうとしていた自分が申し訳なくなる。
「美玲はまだ小さかったので、父のことも私のことも本当の家族のように慕ってくれています。けど、私は……どうしても新しい母親に馴染めなくて」
「…………」
チラリと葉月さんの方を見ると、口元に手を当てて何か考え込んでいる。その顔は天崎さんのことだけを考えているようには見えなかったが、そこまで気にする余裕は無くて私は天崎さんに視線を戻した。
「仲が悪いわけじゃないですよ。母は私にもとても優しくしてくれてます。けど、どうしても……母と美玲と、父が仲良くしているのを見ると、私がいない方がいいと思ってしまって」
「だから、美玲ちゃんのためって……」
「……はい。高校生の頃はバイトでほとんど家には居なくて、大学に入るときに逃げるように家を出ました。それで、家族が幸せならいいと思ってたんです。けど……この間、美玲の顔見て、嬉しくなっちゃって……知らない間に大きくなってて、それに、私なんかのこと心配してるみたいで……」
天崎さんの声は少しづつ震えてきて、途中から目元を抑えながら話していた。
「……宮下さんが言ってた通りです。家族なのに……妹なのに、美玲のこと、放っておいて……」
気づけば私ももらい泣きをしていて、天崎さんの手を握った。
「大丈夫だよ……。今からでもきっと、家族になれるよ」
それほど大事に思っているなら、大丈夫だ。
二人して鼻をすすっていると、葉月さんが玄関のほうを見て声をかけた。
「……桜来は、どう思う?」
「えっ!?」
驚いて玄関を見ると、桜来ちゃんが気まずそうに部屋に入ってきた。
「な、何で……?」
「……食器、返そうと思ったら永野さんが出てきて……入れって言うから」
桜来ちゃんが所在無さげに立っているので、慌てて食器を受け取り座布団を用意する。
「え、っと……。宮下さん、すみません。その……」
天崎さんがしどろもどろになっていると、桜来ちゃんの方から話し出した。
「……美玲から聞きました。再婚のことは。けど、美玲は天崎さんが自分と母親を嫌っていると思ってます」
「え……え!? そ、そんな、嫌ってるわけ……」
桜来ちゃんはさっきよりは少しマシだが、それでも冷たい声で続けた。
「そう思われても仕方ないですよ。美玲からすれば放ったらかしにされたわけですから。……ちゃんと、話してください。美玲と」
「は、はい……」
「血の繋がりなんて関係ない……。姉は、妹を守るものです」
そう天崎さんに言う桜来ちゃんの姿は、まるで桜来ちゃんが自分に言い聞かせているようにも見えた。
「……あ、そうだ。桜来、渡しそびれてた。ほらこれ」
葉月さんが何か紙袋を桜来ちゃんに手渡した。夕方に外で会ったときに持っていた物だ。
桜来ちゃんが中を取り出すと、そこには水色のカバーが着いた一台のスマホが入っていた。
「遅くなったけど、入学祝いだ」
「え……いや、受け取れないですよ。こんな……高いですよね?」
桜来ちゃんは突き返そうとしたが、葉月さんは無理やり押し付けた。
「いいから、受け取れ。黒崎ちゃん達と遊ぶのにも使うだろ?」
葉月さんがそう言うと、桜来ちゃんは複雑そうな顔をしたが少し笑って受け取った。
「……ありがとうございます」
「良かったね。桜来ちゃん」
「明雪さん……。何ですか。高校生にもなってスマホ持ってないのバカにしてたんですか?」
恥ずかしさを隠すためか、いつもの憎まれ口を叩くけど頬が赤いのは隠しきれてない。嬉しいんだなと思い、私も口元が緩んでしまう。
「そんなことないよ。あ、私とも連絡先交換しようよ。食べたいメニューとかあったら送ってほしいし」
「な、何でですか。嫌ですよ」
「いいじゃん。ほら、やり方覚えないと友達とやるとき困っちゃうよ?」
「……し、仕方ないですね」
「……良かったな。桜来」
「桜来ちゃん、永愛ちゃん。いってらっしゃい」
「……いってきます」
いつも通り桜来ちゃんにお弁当を渡し、永愛ちゃんに手を振って見送る。すると珍しく葉月さんが部屋から出てきた。いつもこの時間は寝ているのに。
葉月さんは眠そうに目を擦りながら私の元に来た。
「綾乃ちゃんは毎朝早起きで偉いな」
「桜来ちゃんのお弁当がありますから。それにいつまでもバイトしてるわけにもいかないですし……。早起きには慣れておかないと」
いつまでもこの生活が続くわけじゃない。そう思ってはいるのだが、つい心地よくて甘えそうになってしまう。
「……伊織ちゃんも言ってたけど、綾乃ちゃん、お節介だよな」
「えっ」
「いや、悪い。良い意味でな。もっとドライな人かなと最初は思ってたんだが……桜来のこと、ずいぶん気にかけてくれるし、伊織ちゃんのこともな」
そう言われてみれば、私は最初、桜来ちゃんのこともここに安く住まわせてもらうためだけの存在だと思っていた。それなのに……。天崎さんのことも、桜来ちゃんが気にしているようだから、桜来ちゃんの友達の美玲ちゃんが関係してるから私も何かしたいと思った。それほど、いつの間にか桜来ちゃんの存在が大きくなってきている。
それなのに、私はまだ、何も知らない。
「あの……葉月さん」
「ん?」
「桜来ちゃんと永愛ちゃんの両親は……どうしていないんですか? 何で二人でここに住んでるんですか……?」
――――――
「亜衣、美玲。おはよう」
「おはよう、桜来」
「桜来ちゃん、おはよう。あの……お姉ちゃんと、ちゃんと話せたよ。ありがとう」
美玲が嬉しそうにそう報告してきた。ということは、誤解は解けたらしい。
「そっか……。良かった」
「美玲から聞いたよ。桜来、ずいぶん頑張ったみたいだな」
「私は、そんな……。ただ、妹のことが大切じゃない姉なんて、いないから……」
そう。血の繋がりなんて関係ない。私がそれを否定したら、唯一の家族を失うことになる。そんなの……
「桜来?」
「……あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「……? そうか」
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